村上春樹を 8 羊をめぐる冒険  | 人生と旅・読書 村上春樹感 アメリカ放浪記

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人生と読書は切り離せない、体と心のような関係です。人生は旅であり、また、読書も旅です。徒然なるままに書いていきます。コメントお待ちしています。

 

鼠三部作の最終話羊をめぐる冒険。この作品は霊的な羊の話である。

僕20歳、彼女17歳。22歳の別れと自ら予言した彼女26歳の死。

僕は29歳で離婚。4年間の結婚生活。妻は26歳で本人二度目の離婚。

その後21歳の耳モデルの彼女と北海道に向かうが、行方知れずになる。

 

黒服男の依頼で、北海道の32+1頭の羊の場所を探す旅に出る。

29歳鼠から近況報告と半年後に2通目と羊の写真公開願いが届く。

翌月、故郷の町に戻り、鼠の別れた女とジェイに挨拶しに行く。

黒服秘書による星形の斑紋羊写真と大物の印の一致を知らされる。

 

札幌のいるかホテルが謎を解く場所になる。

満州にいた羊博士に羊が入った経緯がわかる。

羊が入ると不死になり、出れば羊抜け(腑抜け)になる。

写真の場所は旭川十二滝町山奥の牧場とわかる。

 

鼠は僕が牧場に到着する前に、自分に侵入した羊を閉じ込める。

そのためにガレージで首つりしてしまうのであった。

鼠とキズキは、主人公の人生で重なり、二人はどちらも自殺を図る。

ノルウェイの森のキズキは17歳で、羊の冒険の鼠は30歳。

 

「時は死に絶えていた。」

「死に絶えた時の上に雪が音もなく積もっていた。」

この、ソフィステイケート(洗練された)表現が、私の頭で反芻した。

救いは死と同等であるというテーゼが、村上哲学であると示される。

一定の距離を置く傍観者的でドライな僕の視点から描かれている。

 

追伸

羊をめぐる冒険は、北海道にいる、鼠を探す旅でもある。

大学時代の親友であり、ジェイズ・バーで夏を過ごした友達を追う。

その旅は、星形の斑紋を持つ羊の捜索と一致していたのだった。

鼠から、その写真を世間に公開してくれと依頼されるが、鼠は行方知れずのまま。

 

僕は謎解きのため、彼女を連れ、鼠を捜しに北海道に旅立つ。

[ダンス]で明かされるが、彼女の名前はキキ。耳のモデルである。

鼠を見つける前に、羊男の助言により、僕の前から姿を消してしまう。

この物語の続編はあると推測されるキキの謎の失踪である。

僕のキキを探す旅を予告しているようでもある。

 

とすれば、[ダンス]は、この三部作に付加されなければならない。

つまり、風・ピンボール・冒険・ダンスの4部作になる。

もちろん、鼠はいないので、鼠と羊の冒険4部作になるが。

         

 余談だが、三十二頭の羊はキリスト教的にはイエスの信者であり、斑紋羊はイエスを意味する。イエスは三十歳から伝道を始め、三十三歳で亡くなっている。頭数はその象徴だろう。また、鼠の手紙や写真が届く二十九歳は釈迦が出家した歳である。そんなことを考えながら読むと、一味違う読書になる。

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