奥の細道の芭蕉には曾良がいたように。旅には同伴者が必要である。
松島の絶景を目にした時。芭蕉は言葉に出来ずに句をあきらめている。
曾良は助け舟を出すように詠む。「松島や 鶴に身を借れ ホトトギス」
曾良の松島を言葉にした、機転の利いた俳句である。
私が芭蕉をこよなく愛するのはここにある。旅の目的地では、俳句を詠むはずである。
しかしながら、芭蕉は詠んでいない。なぜか、沈黙してしまうのである。
あまりの感動で、俳句にできない。私は、やはり、それが真実だったと解釈している。
どれほどの景色が、芭蕉の心を鷲づかみしたのか。「松島や ああ松島や 松島や」
私も高校二年の夏に、当時仙台にいた兄に連れられて行った。
瑞巌寺や、伊達政宗の像とともに、松島を眺めた記憶がある。
しかし、なぜか、この句は奥の細道には出てこない。
では、芭蕉作といわれるこの句は、いったいどこから来たのだろう。
「昼から夜にかけての松島の絶妙な情景は、圧倒されて句を起こせない。
句作をあきらめ、瞼を閉じて眠ろうとしたが、心気ますます冴えて眠れない。」
(森村誠一:芭蕉道への旅)と奥の細道にある。芭蕉をして、絶句したのである。
芭蕉の句は、背筋にひんやりする、真剣勝負の時のような感覚を禁じえない。
話がそれたが、アメリカへの旅の私の同伴者はT君である。
行く先々で、彼の助けを借りることになる野だが、それはこれからのお楽しみ。
しかも、T君は曾良のように使命感をも持ちあわせており、渡米を決断させたのも彼だった。
それが、今はまだ、あのような旅になるとは全く想像さえできない二人であったが。
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