初めての出会いは、大学生の時だった。
入学してから、持てあます時間を埋めるように。
読書を始めて、二年目の秋だった。
当時の私の心に、その作品はシンクロしていった。
「風の歌を聴け」村上氏の処女作である。
十代の学生が憧れる、あるいは目指す、完璧主義。
それを冒頭の文章で、完璧に粉砕して見せた。
と、同時に、絶望も粉砕した。身震いしたのを覚えている。
主人公の僕は、怠惰で、でもクールで。
デカダンスの象徴のような気がした。
ビールを好み、ジェイズ・バーに入り浸る日々だった。
夏の午後の、けだるさと、学生の特権の自由。
同調できる、環境がそこにはあった。
金持ちを否定する左翼思想の残骸とともに。
私の大学でも、名残雪のように、ちらちらと舞っていた。
肩の力を抜いたその生き方と、虚無感ともいえる人生観。
自分でも不思議なくらい、心情移入していく私がいた。
私といえば、剣道と、講義と、読書の日々だった。
若者特有の、純粋性と怠惰性の混合した日々。
理想と現実の差異により生じる矛盾への抵抗。
主人公の僕と自分を重ね合わせて、楽しむ。
私の関心を引く、哲学的な言い回し、表現。
斜に構えて自分を見ている視点。
そんな村上作品との出会いであった。
追伸
ちなみに、この作品は、群像新人賞を受賞したのを記憶している。大学2年の秋だったろうか。新人作家の登竜門であった、群像に掲載された文章を読みながら、作者に同調していたのを思い出す。
というのは、主人公は、私とはあまりにも違う大学生であったからである。そんな生活への憧憬と、乾いた無機的な性格の主人公が、有機的な生活の中で、いかに平常心でいられるのかが、不思議でならなかった。
二十歳前後の学生といえば、精神的に不安定で、しかも自信もなく、哲学的な思考に弱く、異性にもあこがれると同時に、ストイックな生活態度を崩そうともしない自分がいた。
様々な、自己嫌悪と、自己欺瞞、さらには自己満足と、自己陶酔感が混合し、精神的な揺れ幅は大きく、読書しながら心理の追究と、真実の探求は、求めてやまない時期であったのを記憶している。
アメリカン的な性格と生活に驚きを感じ、脱日常性に文学とはいえ、憧憬したものだった。文学の毒にかぶれたのだろう。それは、主人公の僕というよりは、作者である、村上氏に傾倒していったのである。
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