人に勧められて、大人の発達障害かどうか、ネットでセルフチェックをやってみた。

 

結果「ADHDの特性がある」とのこと。

 

これを言ったら元も子もないのですが、そうだとして、だからなんだっていうんだ。

 

わざわざ指摘されなくても、私は昔からちょっと違うことは分かっている。

 

特に、話し出したら最後まではなしてしまうところはある。

 

それは欠点。

 

ただ、それも欠点ばかりではない。

 

この間、カフェで隣にいた女性二人組が、仕事か何かで初めて会った様で、会話が途中で途切れて「し~ん」とする時間が結構長い。

 

何なら間に入ろうか?と思うくらい。

 

そう、私、初めての人でも殆ど「し~ん」となることはない。

 

どの分野の話であっても、それなりに興味はあるので、知っていれば詳しく話すし、知らなければ聞きたいことが沢山ある。

 

なので、年配者であろうと、若い人や子供であろうと、二人きりで会話が途切れることなど殆どない。

 

人生それなりの生きていれば、人それぞれのヒストリーがあるわけで、それを聞くだけでも会話なんて途切れないでしょ。

 

 

欠点なんてものは、応用すればなかなか良い素材に変化する。

 

それが「おかしいこと」と解釈した時点で、素材にすることを控えてしまうだろう。

 

なんか、○○障害とか○○症候群とか、名前を付けることで安心する部分もあるが、それって病気ではないので、「治すべきこと」でもなんでもない。