人よりも圧倒的な才能がある人間を、社会的なスキャンダルで抹殺する風習ってありますよね。
しかも、優れた点ではなくて、欠点を利用して。
私は人より優れた才能は皆無なので、「殺されるよ!?」とは言われたことはあるけども、ヒガミとかヤッカミなんかを受けたことは記憶にはありませんから、無縁というものですが。
何か人よりも圧倒的に優れているという人は、ギフテッドとかギフターなんていう呼び方をするようですね。
まず、何かに突出している人は、何処かが社会的常識と乖離している人が多く、まさに優れた点だけにフォーカスを当てた呼び方だと思います。
例えば、某ジャニーズ問題についても、私は「そりゃ当たり前でしょ?」って思って見ているんです。
普通の凡人の男性が、これだけ優れた時代の先見を持って男性アイドルを活用して、時代をリードすることが出来ると思いますか?
そのエネルギーの根源というのは莫大で、普通の人なら一瞬で枯渇してしまう量。
この無限にあふれ出るエネルギーの殆どは、トラウマなんですよね。
であるからして、言い方を変えれば「心の傷」がエネルギーの泉ということなのです。
まるで悪魔との契約の様に、トラウマからは膨大なエネルギーが無限供給されます。
それを活用できるからこそ、人よりも圧倒的な仕事が達成できる。
こういう話をすると、でも犯罪はダメでしょ?って言われるのですが、そりゃ「法」でダメなものはダメです。
っが、「その部分(スキャンダルの部分)」と、「人よりも優れた部分(スキャンダルとは関係ない作品の部分)」を一色単にして「全てがダメ(その人に係わる全てがダメ)」という風潮には違和感を感じます。
他の人にない、圧倒的で奇妙な価値観があるからこそ、誰もやらないことが出来るのです。
不倫とか、結構どうでもいい事を、作品全体にまで泥を塗る行為が異常だと思うんですよね。モテない人、やりたくてもできない人が騒ぐのかな~。
いずれにしても、私は失礼ながら、騒いでいる人を見ると「才能が無い人には分からないんだからさ、分からないことに口出しするなよ」って思うんです。
シンプルに、「ダメなものはダメと言うのなら、良いものは良い」というのが公平な道理でしょ?
それが、「ダメなものはダメ、良いものもダメ」って、「全部がダメ人間なのは自分だろ?」と思うのは、私だけなんでしょうかね?
人に迷惑を掛けていない方が立派なんて、本気で思っているのでしょうか?
そりゃ、何もやらない人には何事も起こりませんが・・・。
日本人に多い「絶対に儲かるなら投資する」というバカな発想は、もはや民族的にジャイアンなんだなと思うんです。
「リスクは誰かに被って貰えるのなら投資をする」と言っているに等しいわけですが、もはや「お前のモノは俺のモノ」と同じ理屈を平気で言うんですからね。
人が儲かれば「たまたまでしょ」「でも危ないよ?」とかいうのに、失敗した時には「ほらみろ!だから辞めろと言ったのに!」と、まさに民族的な思想の問題なんじゃないかなと。
公平にするなら、
儲かった「凄い!」
失敗した「だから言ったでしょ!」
又は
儲かった「たまたま」
失敗した「たまたま」
になりませんかね?
