「喜びとは、勝利それ自体にではなく、途中の戦い、努力、苦闘の中にある。」
ガンジー(インド独立指導者)



久しぶりの更新となってしまいました。

怠慢な自分にあきれています。(笑)



この更新しない間にも様々なことがありました。

私がここに「日々の思うこと」を綴るようにしたのも自分が生きた証を残したかった。

そういったところで文章(ブログ化)を作成してきました。



ふと冷静になり考えてみるとまだ何も自分が生きた軌跡を残せていない。

自分自身もっと頑張らなきゃいけないと思い、もう一度自分と向き合う為にも頑張ろうと思いました。

最近は、時間に縛りがありなかなか自由な時間を得ていませんが頑張ります。




さて、早速ですが、最近私の生きた年代を遡るようにしています。


時代は気付かないうちに変化していくものだと感じます。

現在あらゆるメディアから情報を得ることができますが、真実をどう自分で分析、考察でき行動に活かすのか問われる時代へと変化したと思います。

私たちの年代は、「キレル若者」「17、8歳(犯罪者)」「少年法改正のきっかけ」といった世間を震撼した犯罪等が注目された年代ではないでしょうか。

そんな同年代の忘れもしない残虐で世間はもちろん、私自身も大変ショックを受けた1997年「神戸連続児童殺傷事件」の加害者が本を出版といったニュースを目の当たりにしました。


大変ショッキングでした。


現在は、戸籍はもちろんのこと名前や経歴等も変わっているという情報、私たちと何も変わらず生活できているという実態。


私は、本を読んでいません。

買おうとは思いません。

彼の教育システムには税金で行われてきたわけです。
私たちは、犯罪者の為に税金を払っているんではない!

そして、今度は本を出版?印税をもらう?

この国は、犯罪者に甘すぎると考えます。

加害者も人権が守らなければいけない。

それはわかります。

しかし。、その加害者は、人の命を奪い被害者の人権を侵害したわけでまた、加害者は、生きて更生?とうたって笑ったり泣いたりできる。

被害者は、この世にいないわけですよ。

その被害者、被害者家族の人権はどこにあるのでしょうか。


悲しくとても憤りを感じてなりません。

また今回本を出版するにあたり実名で出版していないところにも情けなく思います。


何度も加害者家族の気持ち、被害者の気持ち、両方の気持ちになって考えました。

私が考えた所で、ただ、私が落ち込む一方でしたが、この事件、「人のなぜ」について考えたかった。


①なぜあのような事件が起きたのか。
②なぜ残虐な人間に育ったのか。
③なぜ事件を未然に防げなかったのか。
④なぜ今回本を出版したのか。


私なりに解釈したものと出来なかった部分とがあって、でもそれでも今回の本出版には納得できない。

今の未成年がこの本を見てどう思うのか興味があります。

これが未成年犯罪の助長になってはいけません。


「少年法の壁」

さあ、国会では日本国憲法9条の改正に議論していますがこの日本は、どこに向かっているのでしょうか。









私は、政治家と警察が大嫌いです。

以上。