『社会が求める自分?』









社会で役に立つ人間になるということは、
社会が求める人間になるということ。
社会に求められることを
身に付けていく。
でも社会は何を求めているのか?
身に付けるもの
好きなこともあったし
苦手なこともあった。
苦手だけど身に付けないと自分が困るから、と思う。
もっとすごい人がいる。
なんでもできる。
ああ、ああいう人が社会の役に立つんだろうな、と思う。
自分も少しでも近付かなきゃ。
頑張る。
充分に準備ができないまま社会に出る。
ああ、やっぱり私は全然足りない。
社会が求めるものを満たす人間じゃない、
と思う。
そんなんで幸せかな?
私の人生は社会のためにあるのだろうか?
自分がなりたい姿は
社会が求めるものを基準に決めるのだろうか?
自分で決めちゃダメ?
自分で決めてもいいと思う。
毎日遊んでるみたいに仕事したい。
最低限の仕事であとは好きに過ごしたい。
収入はなくても家事や子育てをして過ごしたい。
ただただ本を読んで暮らしたい。
多くのことをつまみ食いするように経験したい。
海外を貧乏旅しながら生活してみたい。
森の中で仙人みたいに暮らしたい。
人から立派とか
すごいとか言われなくても
自分がなりたい自分になれたら
幸せ
社会が求めるものに合わせたのではなく
自分の価値観で生きていく
社会が求めてるものなんて
どうせ変わるよ
好きなアイテムを揃えて、それで戦えば良い。
足りないアイテムがあればそれがやりたいことになる。
人が求めるものは考えなくて良い。
親が求める子どもにならなくてもいい。
子どもに何か求める親はそこで既に間違ってるのかもしれない。
好きなことやって、
好きで終わってもいいし、
役に立ったらそれもよし。
授業中にノートの端に書いてた落書きがきっかけで画家になった人もいる
失恋して旅に出て、出来事に文句言いまくって作家になった人もいる
実験で使うガラス管を手作りするのが楽しくてガラス細工作家になったひともいる
世の中何がどう転ぶか分からないね
目標を持たず、好きだけをやってても
案外大丈夫なのかもしれない。




