『感情が大事』






多分、日本人は感情を押さえ込むのが上手なんだろうな。
私も感情なんて私のわがままで、取り上げなくていい、取り扱わなくてもいいものだと思っていた。
例えば…
付き合ってもいいかな、
と思って付き合った。
だけどもう嫌になった。
説明を求められた。
ちゃんと説明しなきゃと思った。
うまく説明できず、
過去の私(好きだと言った)
との矛盾を指摘されたら
ぐうの音も出なくなり、
しりすぼみに、、、
習いたいと言って習い始めた。
初めは楽しかったけど
だんだん辛くなってきた。
もうやめたい。
だけどやりたいと言ったのは自分だ。
でも今は辞めたいと思ってる。
わがままかな、
辞めちゃダメかな、、、
“やってみたい”
という感情は大切にされ
“辞めたい”
という感情は無視されるって
よく考えたら変だ。
習いはじめて楽しくて
どんどん上手になって
ますます楽しくなる
もっと上を目指したい
もっとすごい先生に習いたい
もっとすごい人に勝ちたい
日本で一番になりたい
…て、どんどんやる気が増していく子は続けたらいい。素晴らしいことだ。
だけど
やってみたらあんまり楽しくなかった。
思ったよりうまくいかない。
続けるのは辛いだけ、、、
…ていう子は時間がもったいない。
どんどん元気が奪われてしまいそう。
人からどう思われるか気にする感情は持たなくていいと思うけど→感情はゴミ
自分自身がどう思っているかは、ちゃんと大事にした方がいいかなって
思います。
不登校を経験して、
子どもはどうしたいのか、
私はどうして欲しいのか、
感情に向き合うことが多かった。
それは今まで、
感情は置いといて
日常を淡々と過ごすのが当たり前と思っていたから。
当たり前のことが当たり前にできていたら
気持ちなんて放って置いただろうなぁ。
理屈なんて後でなんとでも言える。
「今は立ち止まってゆっくり考えたい」
その感情が答えなんだと思う。
私の感情は?
私の感情は子どもにとって「他者のものさし」。
気にしなくていいものってことになるんだな。
切ないけどなんかスッキリ。
でも子どもを大切に思う、
その感情は私のものだと思う。


