私事で恐縮ですが、先日彼女に振られました。特に致命的なミスがあった自覚はありません。数日前、Lineの既読がつかないなぁと思ってある手法で確認したところ、なんとブロックされていたのです。
ということで、絶賛傷ついてるメンタルを回復させるべく、古典を学習しましょう。
今回取り上げるのは、百人一首に収録されている中納言朝忠の歌です。
原文
逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし
〈訳〉もしあなたと私が絶対に逢うことがないならば、かえってあの人のつれない様子も、我が身の辛い運命もこんなに恨むことはないのに。
簡単な表現技法
逢ふことの
・男女関係になることを指す。
・この歌では「私と貴女が逢う」と「この世に男女関係が存在する」の2つの解釈の説があります。
絶えてしなくは
・絶えて(副詞)
・し(強意の間投助詞)
・~なくは~ましで反実仮想「~なければ~だろうに」を構成
…絶対に逢わなかったらという強い思いを表す
なかなかに
…中途半端な物事に対して、それならば反対のほうが…という感じを出す
人をも身をも
・人:相手
・身:自分 を表す
・をも:並列の係助詞で、相手のつれない様子と自分の辛い運命を並べる
恨みざらまし
・ざら(打消の助動詞[ず]の未然形)
→恨むことはないのに
・まし(反実仮想「~なければ~だろうに」)
【全体】
この歌でもっとも理解しないといけないのは、なくは~ましの反実仮想の構文「~なければ~だろうに」です。反実仮想とは、現実に起こっていることの反対の出来事が起こるのを仮想することです。
講評
もし「出逢い」がなかったらこんなことにはならなかったのに…という、失恋をしたときに陥る不思議な思考を見事に表現した歌です。一切会えなかったり振り向いてもらえなかったら諦めがつくのですが、相手から思わせぶり・匂わせが感じられる言動があれば、「ワンチャン行けるのでは!?」と舞い上がってしまうときってありますよね。逆に、大変な美女であっても、異常に熱心に言い寄られると冷めてしまうこともあるでしょう。恋心とはとても不思議で複雑なものです。
この歌では、当時から存在する極めて人間的な恋の繊細さを後世に伝えています。こういった現象をうまく利用すれば、恋の駆け引き然り、良い方向に導けるのかもしれません。