25周年を迎える松下政経塾は知識を与えるばではなく、持っている知識を活用する能力を育てていく訓練を重ね、自分の考えを堂々と主張できるような人間になってもらいたいという願いを具現化する場のようです。
知恵とはルール内でのいろんな知識の組み合わせによる創造と定義して、知恵を持った人でなくては駄目ですねぇ。最近無駄な方向に知恵使っているような…がんばろ。。
25周年を迎える松下政経塾は知識を与えるばではなく、持っている知識を活用する能力を育てていく訓練を重ね、自分の考えを堂々と主張できるような人間になってもらいたいという願いを具現化する場のようです。
知恵とはルール内でのいろんな知識の組み合わせによる創造と定義して、知恵を持った人でなくては駄目ですねぇ。最近無駄な方向に知恵使っているような…がんばろ。。
ひさしぶりに一日寝て過ごしました。10時に起きて朝食し、2度寝。14時に起きて昼食し、昼寝。18時におきて夕飯。ふふふっ。
まあ自由に暮らしてますが福祉は生活のセーフティーネットとしての役割。先生は福祉について基本的には大いに推進ですが、国は国民への増税を安易に考え、国民は国がいろいろやってくれると思っている。それぞれが何とかなるだろうと考えているところに憂慮しています。やはり国民が認識を深め、お互いが何をすべきかを考えることがきわめて大事だと。
本当に、国に経済のことは難しいのではと思う。
商売というものは、形の上だけで見れば、品物を売って代金をいただくということですが、それだけでは自動販売機とかわりません。
と先生はいってます。以前会社勤めしていたときは、商売をしているという認識はまったく無かった。ただ、それは会社員で仕事をこなすという認識だったと記憶しています。いわゆる給料を頂き、そのうちで仕事をしているという。しかし、自分で少しながらも商売、経営を経験をすると少し認識が変わった気がします。現在はまた会社勤めをしている訳ですが、意識はまったく別物かもしれません。
先生は自動販売機との違いをこういっておられます。
-そこにはやはり買っていただいてありがたい、という感謝の気持ち、お客様が大事、といった気持ちを持つことが、商売本来のあり方だと思います。(略)そうするとそういうものがおのずと客にも伝わり、同じ品物であってもあの店で買おうということになって、両者の心が通い、社会全体が潤いのあるものなってきます。私は商売においても"物心一如”ということがきわめて大切だと思うのです。
営業に携わるものとして、まったくその通りだと思います。大きな企業で、特に間接部門などにいればより分からなくなってくることですが、やはりこれを会社全体で感じることのできる企業は非常に強く美しく尊敬される企業になりましょう。また、小さな商売においても大きな企業に負けないことも可能かもしれません。
追伸 また飲みにいってしまった。なかなかこちらの商売はうまい仕組み作っている。個人商店とそのシステム(商品の選択、新しい商品の導入の仕組み)を作り上げるのは非常に優れた携帯の一つである。僕も顧客だけでなく主にならなくてはいけないのに…。
指導者にとって必要なことは、目標を与えることである。(略)自分の哲学なり、経験に基づいて、その時どきに応じた適切な目標を次つぎに与える。指導者はそのことさえ的確にやれば、あとは寝ていてもいいほどである。
この言葉は一言一言がまさに的確としかいえない。僕もかねてから経営者と勤労者の分離、ひいては役職(リーダー)と技術者・専門家の分離をいっている。日本の場合年功序列があるため、例えば研究者や営業優秀者が指導者(役職)になることが往々にしてあるが、立派な専門家が指導者に向いているとはまったく思えない。やはり指導者は指導者の資格をもったものが当たるべきである。年齢に関係なくである。ただこの評価が難しいため、結局年功序列になるのだと思うが、そのあたりは上級指導者が、ゆっくりとするのではなく、さらに気を配ることが必要である。これが"後は寝ていても”である。
常日頃、部下に目標を与えているのであるがこれは単純そうに見えて、仕事への知識、理解度を充分に備え、一般的な見識と統率力を備え人を指揮していくかなり高度な技術職でもある。もっとそのあたりを深く認識しなければ、ただ給料を多くもらうだけの無能な上級者となってしまう。
余談ですが4月24日草ナギつよぽんが逮捕され容疑者としてテレビに大きく報じられていた。罪状が公然わいせつ罪だから、つよぽんのイメージと一番かけ離れた?最大のギャップ+日本トップのアイドル+CMなどの利害関係がシナジー効果でものすごい反響である。まさに、ただ公園で酔っ払って裸になったということであるが、すごいパワーで放送され、色んな大事なニュースもあったろうが、押しのけて、こぞってトップニュースになった。まあ、内容はどうでもいいが、やったことは事実でたぶん本人も猛省だろうけど、大切というか重要なことは、今までの彼の生き方がこういった失敗のときのフォローにどう出てくるのだと思う。CM企業の対応は厳しいようであるが、概ね世間は暖かく見守っていると思う。僕もお酒の失敗は多いので、自分自信に少し安心できたし、世知辛い世の中で少し一息ついた感である。いま外を歩いている酔っ払いの歌声♪が聞こえてきた、余談ですが。。新入社員が配属されて一ヶ月の春です。
新しく会社に入られたみなさんにとって大事なことはいろいろあるでしょう。しかし、私は基本的に言ってまず一番大事なのは、みなさんが自分の会社を信頼するということではないかと思います。(略)自分は会社を信頼しているのだ、そしてよき社員になるのだ、そして会社を通じて、人間として社会奉仕をするのだ考える。そう考えていたなら、まず失敗はすることはないだろうと思います。
僕のクライアントの総務部長はまさに社員や会社を信じている。非常に僕も尊敬できるまた、是非みならいたい姿である。
余談の続き。本日25日も香取君が涙で謝罪し、許してほしいと訴えたことは自分のチームであるから当然といえば当然かもしれないが、つよぽんのいままでの生き方だと思う。失敗も人生のアクセントですね、後で笑える日が来る様精進ください。といいつつ自分自身を律せなければ。
-日本人は、頭もよく、素質も決して劣っていない。だから、何がいいか悪いかぐらいは百も承知しているはずであるが、さてそれが行動になって表れたりすると、たちまち電車に乗るのに列を乱したり、公園や名所旧跡を汚したりしてしまう。
つよぽんネタは次回分で書いてしまって引っ張るつもりはないのだがなんか同様のテーマを先生が。しかし、この名所への落書きみたいな態度は昔からあるのでしょうね。話は戻るが、この態度の悪さの原因について先生は「しつけ」の足りなさだと言っています。いくら頭で理解していても、その人間らしい振る舞いが自然に出てこない。逆に言うと、自然に知識がでるような教育を「しつけ」ということになるのですね。
-つまりせっかくの知識も「しつけ」として身についていないと、その人の身だしなみもよくならず、結局社会人として共に暮らすことができなくなってくるのである。
草ナギくん僕と共に改めましょう。。。
人を使うコツはいろいろあるだろうが、まず大事なことは、人を信頼し、思い切って仕事をまかせることである。信頼され、まかされれば、人間は嬉しいし、それだけ責任も感じる。だから自分なりにいろいろ工夫もし、努力もしてその責任を全うしていこうとする。
まさにこの通りだと思う。仕事になれれば、少し規模の大きな仕事を期待される。そうすれば一部や多くを他人や部下にお願いしなければならない。そうすれば必然的に人を使う必要に迫られ、実際部下もついている。このとき縦社会の場合や協力業者ならば命令指示で使うことは可能だろうが、やはりそれだけでは駄目で、その他人に対して自分の時間をあまり使わずに、より大きい成果を出していただく必要がある。このために必要な一つの方法が、事が先生のおっしゃられる“信頼する”だと思う。
あとのコツは連合艦隊司令長官 山本五十六「やってみせ 言って聞かせて させて見せ ほめてやらねば 人は動かじ」のまったく言うとおりだろう。
まあ、させてみて期待通りにいかない事も、裏切られる事も時々はあるが、もはやこれはあきらめと一つのリスク、また自分の指導力、指示力の未熟さとして捉え、徐々に指導対応教育して苦必要がある。
しかし、たとえその信頼を裏切られても本望だというぐらいの気持ちがあれば、案外、人は信頼にそむかないものである。
とまあ、部下指導はそれほどに悩まない僕ですがやはり難しいのは上長の指導です。ほんとわけがわからない上長を指導していくのは大変である。彼らも人間であるためどうしようもない側面もあり、自分の社会勉強と思い、その理不尽さについていくわけですが限界もあります。今日も少ない休日の忙しい時間にわざわざメールで返信、答えていたのに一人で相手が切れて、後にそれが冗談だと詫びのメールまで入れてきました。まったく意味がわからない。せめて仕事時間中であれば、対応しますが、こっちは一日の気分が台無しですわ。。(憤慨)
先生も言われていましたが人事昇格において、(仕事の専門的な能力はさておき)人格やそれ相応の人を選んで上位につけていただけなければ下につく人は苦労し、それに時間を費やし、成果も出せないと思いますよ。
自分自身部下にそう思われないよう身を律していく必要があります。
朝9:00から、学校で勉強、午後からデパートで買い物や新店の服屋さんの視察にと。また、午後は予定してた打合せがなくなり、久しぶりに時間があいたため、再来週のハワイ挙式に向けて髪の整理にいきました。僕が行くのは郊外の未来という散髪屋(正しくは美容室)さんなんですがここの雇われ店長はまこと立派な人でぼくも敬服してます。彼は非常に熱心(ときに商売熱心でもあるが)であり、聞くところによれば休みも従業員の為のレッスンをしたりと部下指導も熱心であるし、また芸術面にもいくらか長けており自己の能力の向上であったり、話をしていても気持ちよく、めずらしく僕の意見を聞いていただく事も多いのでここに通っております。当然散髪の腕前たるや一流であると思っており、接客態度もすきです。もしかすると散髪屋さんはみんなこれぐらい厳しく営業されているのかもしれませんが、競争の多い中、僕が散髪屋さんを営むとすれば、パートナーとして仕事を一緒にしたいと人でもあり、もう少しよく付き合ってみて、将来仕事ができればと2年前から考えて通っています。いい人材は稀有で大変貴重です。さて、今日は自己の能力・仕事の力の向上の話です。
われわれお互いが、みずから進んで常識を豊かにしてゆくとか、仕事の力をさらに高めてゆくということは、もちろん自分自身のためではありますが、それは同時に、社会に対する一つの義務でもあると思います。(中略)(自分の能力のみが向上しない場合)自分ひとりのために全体の水準の向上が犠牲になるわけです。
まあ何にせよ自身の向上は自分の為でもあるし、ひいては社会貢献でもあるようです。
余談ですが、今日のヘアースタイルは左右非対称のさらに部分的にパーマを追加した斬新なものとなりました。営業活動この髪型大丈夫?
僕も文章を書くのが遅い方ではないと思いますが、このブログを書くのに結構な時間がかかっております。“日に新た”ではじめた訳ですがなかなか毎日の更新は難しく実際集計してみますと1月 8日間(8話)分,2月 20日間分,3月27日間分,4月8日間分と4ヶ月を経過して45日分(45話分)がまだ追いついておらず蓄積しております。今日は既に3日分を書いておりますが朝4時となかなか眠たい時間であります。なかなか辛いような…。
まあ自己の向上のために勉強と思い一心不乱に書いておりますので、一年を通して松下先生の何某かを体得するつもりです。
よく「寝食を忘れて打ち込む」と言いますが、自転車用ランプをつくったときの私は、まさにそんな状態だったと思います。しかしつらいとか苦しいといったことは少しも感じませんでした。それはやはり私が、それまでの自分の体験なり世の人びとの姿から、このままでは不便だ、何とかより便利なものをつくり出したいという強い願いを持ち、同時にそのような仕事が非常に好きだったからだと思います。
この文章の思いからいろんな意味を感じることができます。
あるブログを読んでいたところもしかすると景気はこんなもので、今後も続く可能性もあり(これが現実)、それに対して上席にいる老人たちは自己を守り負債を残していく。それに対して若者は身の丈を思い知り将来への向上心を押さえる事を学び、派遣やフリーター生活で支出を最低限にし、生活をやりくりしているのではないか…という文章を目にし、そう捉えました。このブログの内容は確かに一面はそうである気もします。しかしながら、一方頑張っている人もいますし、僕もできればそう喚起し、松下先生のような志の一端を体得し、経済的な面でも世のために貢献できればと思います。
指導者にとってきわめて望ましいことは、人をひきつける魅力を持つということだと思う。
僕が先生を好きな理由の一つにはこの文章にある。先生は誠に素直なひとであり、こう自己を正しく分析し、そして正しく公言できる(世間からも認められる)稀有な人である。
当然、自分自身はどうだろうかと考える。 まあ反省というか残念と言うか(笑)
もっともそうは言っても、そうした魅力的な人柄というものはある程度先天的な面もあって、だれもが身につけることはむずかしいかもしれない。しかし、人情の機微に通じるとか、人を大事にするとかいったことも、努力次第で一つの魅力となろう。いずれにしても指導者は“ひきつける魅力”の大切さを知り、そういうものを養い高めていくことが望ましいと思う。
と。今日は高松でうどんを食べました。観光客用のうどん屋さんですが。商談はまったく駄目だった が、少し讃岐うどんがわかるよう上達しました。かなり余談ですが。小学生のときに比べて少しは魅力はできたかな。