日に新た  ~晴耕雨読な2009年~ -2ページ目

日に新た  ~晴耕雨読な2009年~

世は『100年に1度』や『未曾有』と形容され、金融不況の意味合いですがそれだけでもない様に感じます。ただこんな時は休むのもまた一案かと思い、ならば学問の徒で365日かけ精進していきます。毎日一日を振返り、ゆっくり学び日々充実した積重ねの一年にしたい思います。

もめたくないけどモメちゃいます。

僕はいろんな部下や年下の同僚、年上の同僚など、老若男女(?)結構さまざまであるが、指示をする。どちらかと言えば若い人のほうが使いやすい。なぜなら『できない』の答えが素直というか、わかりやすいからだ。年を重ねるとなかなか知識を備えてきて、せっかくの知識、役に立つことに使えばいいのだが、『できない』理由に並べる人がいる。どうも年配者に対してそれを指摘するのが億劫というか好きじゃない。『できない』という人はその人にできないだけで、他にできる人はいるのだ。そんなに難しい要求はしていない。


という事で指示の受け手ともよく争う。今日もモメタ(苦笑)

対して曰く-社員はまず、社長をはじめ首脳者というものがいかに忙しい仕事をし、いかにその職責が重大なものであるか、ということを知っていただきたい。私は社員学の第一歩はそこから始まると思う。また、そうゆうように社員が首脳者の苦労を知ると同時に、社長や幹部は、社員の立場に対して理解を持ち、そして社員の働き、苦労に対して大いに感謝する事が大切である。こういうようなことに双方がなると、どんな事業でも成功すると思う。またそういう考え方がどの程度にあるのかということによって、その会社の将来を非常にはっきりと判定できると思うのである。

対立しつつ調和。まさに日々勉強、自分自身も日に新たである。


本日4本目で、そろそろ準備を。。5月5日こどもの日(?)にちなんだ訳でワないが何年かぶりに三国志(プレステ2)のソフトを買った。再版で1980円だった。コーエーもどっかと経営統合してすこし淋しいがゲーム業界も少子化とネットの多様化で大変みたいです。

そしてこの日朝の7時から18時間連続でゲームを。

あいかわらず。な僕でありました。。。よく言われる『最近の若者は…』の話↓↓

-最近の若い人たちの考え方が変わってきているといえば変わってきている。(略)しかしそれは考え方の違いであり、断絶とは考えられない。―断絶はない。しかし、青年と中年、老人とではおのずと考え方が違う。永久にそうなんだ、と考えてそれを調和していくところに双方の努力と義務があると思う。

普段から変わっている僕の変わっていないところは、やっぱりシュミレーションというジャンルのゲームしかしないところか。小学生からずっとですが、何か?

月の早朝というより日曜の深夜か…。何をしているかといえば、簡単にいえば経営戦略と経営のシステムを構築しております。ただ、そればっかりでは飽きるのですこしブログをかきながらで。。先生の“日に新た”を聞いてこのブログをはじめたのですがもうすでに月日は5ヵ月も。本当に時間の流れは速く、ぼーッとしていたら流されて人生終わっちゃいます。そのために一日の反省と改善でかいとりますが、なかなか。さて講義に

-よく長い歴史と伝統を持った“老舗”と言われるところが、経営の行き詰まりに陥る事がある。そういうところは正しい経営理念を持たないかというと決してそうではない。

まあ、国も会社も憲法も何でもやはり時代にあわして“チェンジ”が必要なんでしょうね。「強い企業とは変化できる企業…」みたいな事を誰かが言っていたような…。。

-その時どきにふさわしい日に新たな経営があってこそ、正しい経営理念も永遠の生命を持って生きてくるのである。

とあるブログをみていて商業登記の話が出ていましたが、そういえば少し懐かしい。まだまだ将来に向け、定款もすこし変えないといけないなぁ。

dir en greyったる、知り合いから紹介されたバンドを研究しとります。iTunesで3曲ほど買いました。海外では相当有名みたいですね。すごく感じは良いヘビーさですが、久しぶりに歌を聞いてちょっと新鮮。

今日のたかじんの番組は憲法記念日とあいまって憲法で1時間半、すこしいっぱいいっぱい。しかし、安倍晋三元首相出演にはびっくりで、観客のまだ人気ぶりは2度びっくり。話を聞いていてもなかなかいい人だが、しかし首相時は失敗だったなぁ。

曰く-いってみれば、国民が国民自身の幸せを実現していく為にみずから法律を制定する-(略)国民お互いがこういう法律を軽視し、無視するような姿がかりにあるとするならば、それは自分自身を軽んじ、自分の尊厳を失う事にも通じると思います。

まさに憲法問題も本質はそこでしょうね。果たして国民の成熟はどこなのか。

カメの歩みというのは、一見のろいようだが、私は結局このあせらず、騒がず、自分のペースで着実に歩むというのが、一番よいのではないかと思う。

同感。実行、改善、チャレンジ、反省、テスト、自己採点など、行動を繰り返し、やった事が身につくように着実に進みたい。ぱっと行くのは簡単であるが、うまくいくかも知れませんが、まあ博打みたいなもんですなぁ。

今日ETCをつけた。連休前なんでね。ただ、まだカードがありませんが…。行く予定もありませんが…。

-労使の関係は、常に対立しつつ調和するという姿が望ましいと思います。つまり一方ではお互いに言うべきは言い、主張すべきは主張するというように対立するわけです。(略)そして常に調和をめざしていくということです。

3年という時間が経過した事もあり、会社も少し慣れやっと最近、少し形になってきた感があります。まだ小さな社内環境の問題で、事を成すために整ったというわけではありませんが、職場で人が働くための人間関係というか小さなコミュニティ、その伝ができた感じです。なんて時間がかかるのだ…。余談ですが、僕は職場と言うものは色んな意味で非常に手間のかかるものだろうと思っています。ロスが多いと。若い人が仕事をするのに厳しい環境かとも思いますが、社会というものはこんなものかも知れません。もしかすると今までいたところが、社員教育に抜かりがあったのかもしれませんが大なり小なりこんなものかとも思います。一番の問題は、政治に大きく起因しているとも思われますが、即効性でどうすることもできないのも事実。

まあ、そんな中仕事を円滑にする一つの術としてこの対立しつつ調和というものが非常に大切であり、またクライアントについても同様かと思います。そして、それは真剣でなければなりません。

先生曰く-人間というものは恵まれた環境が続けば、どうしても知らず識らずのうちにそれに馴れて、安易になりやすい。「治にいて乱を忘れず」それはきわめて大切な心構えであるけれども、そういうことがほんとうに百パーセントできる人はおそらくいない。やはりどんな立派な人でも無事安泰な状態が続けば、つい安易になる。安心感が生じ、進歩がとまってしまう。人の分岐点はここだと思う。私が書きたかった本“おやじ抹殺”というタイトルほど物騒ではない本であるが、最近の人は幸か不幸か無事安泰な状況が、活力を失わせたのではないかと思う。与えられた安全、安心は当然悪い事ではないのかもしれないが、一方そこに生じた安心感が危険なのではと思う事がある。-それが、困難に出会い、逆境に陥ると、そこで目覚める。(略)考えつかなかったことを考えつく。画期的な進歩、革新もはじめて生まれてくる。

何も持っていない僕が恐れる事は安泰による知恵や動機の欠落であり、それを保ち続けるのはまた困難であるがゆえ、そうならないために自己の位置を不安定に保っているほうが易しい気がする。また同時に、「継続」こそ大事であるが、自己を律することを続ける事は非常に困難だと思う。強くなくてはいけない。そういうことを考える。

まあ「不況またよし」だ。

明日から連休、そしてハワイ。休みが続く。最後の仕事はクライアントのクレーム対応処理に当たった一日だった。

-指導者というものは、常に心を働かせていなくてはいけない。(中略)しかし、そのように体は休息させたり、遊ばせたりしていても、心まで休ませ、遊ばせてはいけない。お湯のあふれる姿からも何かヒントを得るほどに、心は常に働いていなくてはならない。まったく遊びに心を許してしまうような人は、厳しいようだが、指導者としては失格だと思う。

ホリエモンブログは毎日読んでるが、AVネタや下ネタあり(好きじゃないが)と大変な状況下結構砕けている。ホリエモンさんも言っているように息抜きもいいジャンって感じで僕も同感。だいたいホリエモンさんクラスは能力がもともとレベルが高いので通常の人より全然高い意識で仕事しているって感じる。まあ、色んなブログ読んでると相変わらず年配者には受けが悪い様子ですが。あるブログなんか“最近調子に乗ってメディアにでてきている”って言われよう。。そんなこんなでやっぱり指導者は自然に先生の言っている事ができる人じゃないと駄目だって思いますネ。

今日は予定が変わって勉強とメールを一日ピコピコ。あっ明日は会計士さんと会わなきゃ。準備がまだだ…。SBIHの決算発表を4回も見てしまった。なぜかみるのが楽しい。最近なんか微妙。

同僚に宅建を取ってもらおうと一緒に飲みに言って説明しましたが、自分には無理だと言う事です。無理な人には絶対無理でしょう。どうせなら早めに取った方が楽なのに。。。と言う事でモツ鍋とビール2杯、焼酎5杯でもうすぐ裸になる前に帰ることができて幸いでした。。

先生は会社で働く事をこう言い換えられてります。

-しかも会社という道場では、月謝を払うどころか、逆に給料までくれるのだから、こんな具合のよい話はない。このような認識に立てば、仕事に取り組む姿も、謙虚に、しかも力強いものになるはずである。

僕もこの境地に近づく事ができ、宅建を取ることは不動産会社ではたらく目的の一つとした。だから合格もした。そのため仕事にも感謝しているので自ずと前向きに仕事に励めるのである。

自分が賢人ではないが、仕事においてはある程度、知恵と行動はバランスよくこなしている方だと思っている。(私生活は駄目ですが)

先生は世の中で賢人ばかりでは万事がうまくいくというものではなく、賢人は一人で十分、さらに準賢人が3人、準準賢人が4人くらい集まれば上々だと語っておられています。賢人ばかりだと議論倒れになり、仕事がはかどらない事になりがちで、ひとりひとりの賢人についてもその人の実力が本当に発揮できる場所においたほうがいいことがよくあると。

昨今の国の官僚を見ていると頭も良いのになんかみんなが集まってしょうもないことばかりしているのではと思ってしまう。もっと一人ひとりが大志を持ってくれれば立派な仕事をすると思う。まあシステムの問題でしょうが。ちなみに官僚の方たちが本当に賢人かわかりませんが…。