日に新た  ~晴耕雨読な2009年~

日に新た  ~晴耕雨読な2009年~

世は『100年に1度』や『未曾有』と形容され、金融不況の意味合いですがそれだけでもない様に感じます。ただこんな時は休むのもまた一案かと思い、ならば学問の徒で365日かけ精進していきます。毎日一日を振返り、ゆっくり学び日々充実した積重ねの一年にしたい思います。

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ちょっとまえ立派な芸能スターが『自分はニーズに応えたいほうなんで…』ってあの口調で言ってたが。

(着物や食べ物など他の人の労作をもらい、その代わり自分も労作をし、与え生活が成り立っている社会を説明し続く)つまり労作の交換である。この労作を交換しない、もらうばかりで与えるものがないというのでは役に立たない。これはマイナスである。(略)精神面でもこれは同じである。人に対してより高い考え方を与える。これが人と生まれて社会に役立つ人間の姿であろう。

やっぱり人と関与しながら生きており、その共通の箇所(共用部分)にはロスが生まれみんなが負担する必要がある。やはりプラスで返さなければ成り立ちませんねぇ。精神面でも勉強し後世に少しばかりか残さねば…。簡単な事でもね。

さて、五月初頭からのいよいよ三国志ゲームも終わる。サボりすぎのここ数週間。

昨日も一日、歴史シュミレーション(恥)。一応、好きなんですよ、お・う・ち。

ちょと、先日会社の飲み会でくさなぎくん状態らしいがあんまり覚えてない。ちょっとショック。しかし僕の場合は、公然わいせつでなく、強姦だよね、無理やりだもんネ。まあ全裸まででないから早く忘れよう。。(笑)

昨日で約3年面倒をみていただいてた直接の上長が転勤異動、微妙。会社はむごいことするし、色んな面でホント微妙です。ただ、新たな方と、また一から関係づくりはホント大変。新しい書類面は僕が全国のするからまたまた大変。。そんな前上司はよく怒ってましたね、色んな事に、また棚に上げるのもすごく得意でしたが。。この辺が異動の理由かな、やっぱり。

さて、先生も言うように-叱ってくれる人を持つ事は大きな幸福である。というように僕もその認識。そして-叱られて反感を持ち、不愉快な態度を示す事は、再び叱ってもらえる機会を失うとともに、自己の進化はもうそれで行き詰まりとなる。

(略)叱られる尊さをしり、叱られることに大いなる喜びを感じる境地に到達しなければならないと思うのである。

まったく。しかし、先生は昔からほとんど怒られなかったというように立派であったからこう言われるのは非常に納得するが、よく叱られる人がこれを言えれば君子ですね。微妙ですが。

驚きついでに人事改編で僕の上長が代わる事になった。今日はその上長と最後の会議をしていたのだが。栄転ではない様子なので、なかなかこの時ばかりは僕も何を言っていいのやら。

そのとき余談で僕の部下の話で前任と現在の部下と比較して、いまの部下の方が全然いいだろうと言ってきた。ぼくの中では別にどちらがという思いはない。人間的には好みは少しはあるのだが、仕事の能力で比べる気がない。なぜなら下記の思いからである。

万物すべてかくの如し。真善美を求めるのは、人みなの思いだが、どんなに求めても、美ならざるもの、正ならざるものは、やはりなくなりはしない。それはいつの世にも美なるものと相まじわって存在し、美醜とりまぜて、それでこの自然が成り立っているのである。この世の中が動いているのである。

だからこそ、お互いに辛抱ということが大事なのである。寛容の精神が大事なのである。いい人もいるけれども、よくないと思う人も、なかなかいなくならない。それが世の中というものであるならば、辛抱と寛容の心がなくなったら、いたずらに心が暗くなるばかりで、この世の住みにくさを嘆くだけであろう。

うん長い。。

さて今日の講義を。まあ、忙しいので概略言うと、ひとりひとりが社長の気概をもって仕事をすればよくなるでしょう。ってトコロ。同様に引用。

先生は国における法律の適用、会社や団体における規律、規則について、新入社員だろうと社長だろうと等しく守りときには罰せられる事で秩序が保たれるといい、指導者は常に公平を考えなくてはならないといっている。

今日もニュースでは地元企業社員の不正をニュースで流していた。また数日前聞いて驚いた話であるが知人が会社で不正をして懲戒解雇を受けるようであるが、月並みであるがそんな事をしそうにない人に見えたからだ。数年前の前職で、真面目でとてもいい人だった課長が突如退職して、その理由が盗撮だったことを聞いて驚いた以来久しぶりの驚嘆話である。このとき以来人はそんなものなんだと理解するようにもなったが。

永く生きていると忘れた頃にこんな話を聞くが、本人は犯す理由はいろいろあるのだろうが、もうやったのは仕方ないから、あとは罰を受けて立ち直ってほしいものだと切に思う。

また今回は上長も罰を受けるそうであるがこれは当然であるし、それを止められなかった責任の一端があるので、部下の成果と同様に、上長は罰を受けるべきだと思う。まあ僕も部下がいるのでもし部下が行ったなら甘んじて罰を受けるつもりである。罰よりも裏切られた感が辛いんでしょうが…。

利害とか得失、相手の地位、強弱にかかわりなく、何が正しいかというところから、公平に賞すべきものは賞し、罰すべきものは罰するという姿勢を遵守しなければならないと思う。

である。

(要約)昔の商人たちは戦乱のなかで死ぬかもわからない状態のなかでも、立派に商売を進めてきました。―ですからそのような時代に比べると、今日は困難であるとか経済危機であるとか言っていますが、まだずいぶん楽である。むしろ非常に商売しやすい絶好の機会といえるのではないでしょうか。

未曾有の経済危機のなか、決算発表で日本の製造業もなかなか苦しく来期も赤字予想が続いている。松下さんも例外ではなく今日も会長、社長2,3割の減俸とニュースがでていたが、頑張って回復して見せてほしいものだ。円高やら世界的需要減だとか不況の理由はいろいろありましょうが、日頃より先見性をもって事に当たっていただきたいとおもう。先生ももう一度商売を見直し、創意工夫を加えて難関を切り抜けていくこともできると応援してます。


旅行後、一日三国志と堕落な日々です。

-終戦後、日本が大きな経済発展を遂げてきたことは確かに事実ですが、それが果たして真の経済発展であるかどうかというと、いろいろ疑問があります。(略)二十年後、三十年後の日本をこういう状態に持っていくんだという計画を計画を立てて取り組んだのではなく、いわば無我夢中で働き、ハッと気がついたら経済大国になっていた、というのが実情だという感じがします。

(略)本当に永遠に通じるような正しい哲理哲学のもとに、大きな理念を打ち立て、そして百年、二百年の計を立てる時期に来ていると思います。

先生はこういわれ、僕も同様に百年できれば二百年残るシステムの構築をしたいものです。できることならばみずからの理念が人の役に立つ、大きなよい仕事をしなければならないと常々感じます。

-人間の幸せを高めていくためには、まず人間が人間をしることが大切だと思う。言いかえれば、人間とはどういうものであり、どういう歩み方をすべきであるかという正しい人間観を持つということである。そうした人間に対する正しい認識を欠いたならば、いかに努力を重ねても、それは往々にして実りの少ないものになってしまい、ときにはかえって人間自身を苦しめることにもなりかねない。

今日は旅行帰りで一日家でグダグダ。最悪の一日を過ごしたわけであるが、夜にやっとサボアにマネジメントしに。3日間を勝手に300円DAYをつくったりと少し問題ではあったが、ここは店長自身の行動を評価し我慢する事に。一周年記念の不満である様子であるが、不満は人を行動に移すようだ。

先生もいうように指導者がまず、正しい人間観社会観を生み出して基づく指導理念を打ち立てていけば、それは力強いものとなると語っている。

民主党も小沢さんが退き、宇宙人鳩山さんが代表に。政治の世界も相当未熟に思えるが、橋本知事や東国原知事など立派な人たちも生み出され、導いていく。小さなレベルでも正しい人間観をもって頑張らなければと思う今日この頃です。

-私は今でも、大阪へ奉公に出る息子の私を駅まで送ってきてくれた母の姿を、はっきりと心に浮かべることができる。涙で語ってくれた注意の言葉、汽車が出るまでしっかり握って離さなかった手のあたたかみ…。(略)このように、あふれるようなというか、ひたすらな母の愛というものは…

と先生も、またリリーフランキーも男は自称マザコンと言っているように(まあ実際のマザコンとは次元少し異なる気もするが)、やはり男の子供の母親への愛情はあるのだと思う。しかし、実際は子供の愛情というより、母親の愛情-アガペ(無償の愛)に対する人としての一つの回答だと思う。もしかしたら、めっちゃなついてくる犬が死んだら悲しいのに近いのかもしれない。

とまあ、今回の旅行を終えて思う事は、母親もよく泣くし(うれし泣き)、しっかりしている部分もありで少し見直しました。ただ年はとっていくのだ。親も僕もね。

まあ3家族(自分親、嫁親、義妹親)で行ったんだけどもいつまでたっても親っては子供に対して親なんだねやっぱり。。しかし、親戚づきあいはやっぱしんどいね。僕はどうも苦手。。

さて、豚インフルエンザも相変わらずご盛況の中、いよいよ明日からハワイなんですが、まだ日程も見ておらずなかなか。やばい時間がない。徹夜で準備だな、これは…。

決算発表も終盤にさしかかり先日日経新聞を読んでいたら、不況の中でも利益を伸ばしていく企業、厳しい決算結果むしろ不況だからこそ、その結果や対応や姿勢が顕著に見える。面白いなぁ。

-会社の経営はやはり衆知によらなければいけません。なんといっても、全員が経営に思いをいたさなければ、決してうまくいかないと思うのです。社長がいかに鋭い、卓越な手腕、力量を持っていたとしても、多くの意見を聞かずにして、自分一人だけの裁断で事を決することは会社の経営を過つもとだと思います。


先生はこういっておられます。僕もワンマン経営はよくないと思いますが、若干それるけど一族経営はひとえに悪いとは言えず、いいところも多いと思う。特に有能な社長がついたときの意思決定の早さはいい。ただ、その有能な社長を選ぶ仕組みが、平均的に言えば、やはり通常の継続的な企業の方が優れているのでしょうか。一族経営であれば、無能な2代目がありえるという事です。政治家も然り。

きちんとした帝王学や、トップを選ぶ仕組みがあり、トップダウンで動けられる組織が大切かと。そのあたり松下先生は非常に考慮されたかと思われます。そこで比較的に衆知を集められる会社の仕組みで、経営者の理念が残る形にしたものだと思います。

会社の寿命はいつかは訪れるものかと。歴史ある企業はその結果は本当にすばらしい。しかし、成長している企業はもっと清清しい。



-人間というものは、気分が大事です。気分がくさっていると、立派な知覚才覚を持っている人でも、それを十分に生かせません。また別に悲観するような事でなくても悲観し、ますます気が縮んでいきます。


まさにこれが喧嘩の原因ですねぇ。何でもっと気分よく仕事しないのかなぁって思うのです。(ちょっと愚痴を→)人と比べたりするのは仕方ないとしても、羨ましがる事はないと思いますが、そうはいかないのが人間でしょうか。どうせやるなら気分よくしてほしいからはっきり言ってほしい。


-私は人間の心ほど妙なものはないと思います。非常に変化性があるから、努力すれば努力するだけの甲斐があるわけです。そういう人間の心の動きの意外性というものを、お互いつかむ事が大事だと思うのです。


お互いにね。。

やっばい早く旅行の準備しなきゃ。。もう3時だ、眠たい。。。あと12時間後だね、、