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my faith diary

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あと2日あるけど、24歳になるので、節目に振り返ってみた。

この1年は、壮絶だった。
5月に、今まで生きがいとしてきた、そしてこの先のビジョンとして、にぎりまくってた声楽を手放した。
S先生に、2回も、自分のビジョンは捨てましょうって言われたから。
わたし自身の、ビジョンになっていたから。

やめるって先生に伝えるギリギリまで、決断できなかったけど、
結果そーゆー風に導かれた。
結局声楽はわたしの誇りになってたのだ。
短大時代に、歌をやってるのは自分の欲のためだって気づいて、
でも自分に与えられたものだから神様に捧げようって思って5月までやってきたけど、
神様のためなのか自分のためなのか何なのかみたいな狭間で、曖昧な感じだった。

やめてすごくわかった。
どんだけにぎっていたのか。
あはちゃんとカフェ行ったときに、ビジョンの話して、
(将来)パン屋さんかもねって言われたときすごく動揺した。正直いやだって思った。
でも神様にこの身を捧げるってことは、何だってしますってことなのに、
嫌だって思ってしまった。

しかも、大分でべーちぇちょるさん見たときに、
あんな風に舞台に立ちたいって思った、その時に自分が目立つこと、自分が歌で大きい舞台に立って成功することを求めてるんだってことがわかって、すごく心が痛かった。

それから何度も葛藤して、やっぱり自分は声楽をやるべきだ‼︎
やっぱり手放すべきだ‼︎てゆーのを何回も繰り返して、今にいたる。笑

今は、本当に、その思いから解放された。
てゆーかそれ以上に、人前に立つこと怖くなっちゃって、
声楽を人前でやるような、身分ではない‼︎と思うようになった笑

やーーほんとに変わったなーこの1年。

その歌のことと同時に、6月⁇にほんとに赦せない出来事があって、
それを知った瞬間わたしの信仰は崩れ落ちて、
ほんっとに、怒りと恨みと殺意で満ちて、ほんっとに、今まで信じてきたものは何だったんだろう、って、思うとこまでいって、死にそうだった笑笑

でも神様がただ、わたしを子供として愛してくれてることを知って、
その愛で、わたしが赦せないと思ってる人たちも愛されてることを知って、

このことを通して、どっっっっれだけ、神様の赦し、神様の愛が深いのか、ってことを知った。

それから、感謝できない時こそ感謝すること、それが聖書に出てくる人たちの生き方だってことを知った‼︎

大阪の祈り会がほんとにでかかった。
わたしの霊が回復されて、臨在の深さが、どんどん押し寄せてきた。



23歳の一年は、ルミ婆が亡くなったり、おとーちゃんが甲状腺の手術したり、
人生で1番って言っていいかもしれないくらい、辛いこと、苦しいことがいっぱいあった。
でもその分、神様の臨在が、今までになく大きくて、麗しくて、慕わしい。

それから、ほんとにみことばがないと生きていけないんだってことを、頭ではなく、深い部分で、心で理解した‼︎
この世でみことば無しにやってけないこと。
そしてみことばには、こんなにも人を生かす力があること。

それから、今自分が心注ぐべきことは、
去年の自分だったら歌を頑張ることだったけど、
今は、神様の臨在に入ること、
とりなすこと、悔い改めて主の道を整えること、
それを第一に求めること‼︎
って思いに変えられた。

それから、ほんとに変えられたって思うことは、今1番の誇りは、わたしの弱さであり、主の十字架であること‼︎

それが本当に感謝。

だから、主の臨在にとどまりつづけて、みことばのかたい土台をすえてゆきたい!!!!

この1年、24歳…もう24歳(O_O)
24歳はただ主の道をまっすぐに歩みたい‼︎