最後の最後までちゃんと見届けて、送り出そうと思って、お見送りしてきた。
ほんとに、悲しくて、さみしくて、つらい。
こんなにも、愛してたんだなって思う。
次の日日曜日で、新しい場所での礼拝で、4月から新たにスタート‼︎って感じで、
もちろんワクワクもあったんだけど、
何か喪失感⁇みたいなものがあって、
なんか、わからんけどすごく疲れて、傷ついた。
ってゆーのは、たぶん最近忙しさにおわれててみことば不足だったし、
ピアノ奉仕もちゃんと練習できずで、失敗ばかりだったから、(←中途半端にやると結局自分が傷つくってことが最近分かった笑)
いろいろ重なったのもあったと思うけど、
なんか苦しかった。
しかも、彼女が帰ることになって、その件に関してこの1年、いろんな人の、いろんな弱さを知って、
神様がそれをわたしに教えてくれたのはとりなすためで、
自分が誰よりも弱いんだから裁くことはぜったいできないんだって、わかっていても、
やっぱりなにか、不信感や、愛せない心があって、
みまえから遠ざけられた感じだった。
でも夕拝のメッセージで、与えることと、
自分自身を点検し、見つめ直すこと教えられて、
今の自分は、与えたくない、善をほどこしたくない、祝福を祈りたくない人がいることは事実で、
そんな自分を見て見ぬふりしてたこと、悔い改めに導かれた(;_;)
家帰ってからもなんか苦しくて、
そしたら、めっっちゃ久々に、仕事行きたくない症候群がやってきた‼︎
クリスチャンになって全然なったことなかったのに‼︎
あの憂鬱な感じ!!!
でも、ほんとーーに、仕事に関しても、人に関しても、全てにおいて、向き合うことって、きつい‼︎
真剣に向き合うことってきつい‼︎‼︎
もうむりだーーーってなった。
燃え尽き症候群みたいな、もうわたし、本当に限界だ。って思った。
そしたらほんとーーーにひさびさに、寝れなくなっちゃって、
S牧師のメッセージ聞いたら、
内容はなんかあんま覚えてないけど、
今のわたしは神様への愛情が全くないなーってこと感じた。
それから、悔い改めってゆうのは、上に上に上がり続ける、って意味もあるんだってこと教えられた。
それから、なんか結局全て信仰なんだって思って、
今のわたしには信仰ゼロですーー力もないー。主によってでしか、もう何もできないー。
って思いながら寝た。笑
そしたら朝の目覚めがすごく、さわやかで、なんだか神様への愛情も戻ってる?というかなんというか、
昨日までの不信仰はどこへやらって感じ‼︎
なんか、不思議ー‼︎
神様は、ほんとにわたしを新しくつくりかえられる方。
みことばがないと、こんなにも落ちてゆく‼︎
一瞬で、不信仰の世界へ行っちゃう。
至聖所に行くには、祈りの香と、血しおが必要。
至聖所にずっといたい(>_<)
こんなにも波がはげしくて、継続できなくて、人を愛せない、弱い弱いわたし、
でも神様がわたしを子供として見てくれてること、
十字架の贖いはすでに完了してること、
ただただ本当に感謝します。
ただその事実を受け取ります。
雅歌2章
10
私の愛する方は、
私に語りかけて言われます。
「わが愛する者、美しいひとよ。
さあ、立って、出ておいで。
11
ほら、冬は過ぎ去り、
大雨も通り過ぎて行った。
12
地には花が咲き乱れ、
歌の季節がやって来た。
山鳩の声が、私たちの国に聞こえる。
13
いちじくの木は実をならせ、
ぶどうの木は、花をつけてかおりを放つ。
わが愛する者、美しいひとよ。
さあ、立って、出ておいで。
14
岩の裂け目、がけの隠れ場にいる私の鳩よ。
私に、顔を見せておくれ。
あなたの声を聞かせておくれ。
あなたの声は愛らしく、あなたの顔は美しい。