昔から貫く人が好きだ。


有名人でも一般人でもスポーツ選手でも。


絶対自分の心に引っ掛かる人は「貫いている人」だ。


それって今思えば、自分自身もその何かしらのエッセンスを持っていて、自分の投影だったということに気付く。


その人の好きなところは自分の中の好きなところ。


その人を応援したい気持ちは自分を応援したい気持ち。


世の中の多数決で良しとされるものに屈せず、周りに迎合せず、自分がいいと思ったこと、自分のスタイル、自分の信念を貫く強さがある人。


そういう人に憧れる。


自分の中にもちょっとはあるのかな。


そう思ったら少し嬉しくなってはにかむ。


小さい頃から「みんなが」やっていること、持っているものには興味がなかったし、自分がいいと思ったことは「変わってるね」って言われ、傷付いたり悲しくなったり腹が立ったり、そうやって長く生きてきたけど、もうそういったものが受け入れられる時代になったから、もういいかな、と思っている。


と、いうか自分が自分に、それを許可できたのだろう。


自分を解放できたのだ。


変わっていると言われる自分を認められなくて、自分を貫くだけの強さがなくて、みんなと同じようなことをしてみたり、同じような服を着てみたり、居心地の悪さに蓋をして自分をごまかしてみたり。


今考えれば、それはただ自分が作っていた殻なんだけど。


殻を破って自分100%で生きていれば意外と理解してくれる人はいるんだ、と気付く。


本当の自分で生きている人は、魅力的なのだから。


というか今までだってきっといたんだけど、自分を隠しているんだから理解のされようもないし、本当に自分が自分の世界を作っていたんだと腑に落ちる。


憧れの人は、本当は自分の投影。


自分も、その人と同じだけの可能性がある。


貫く強さがあるはず。


そう思って、寝太郎から貫太郎(と書いてつらぬきたろうと読む)になろうと誓った、今日の寝太郎。


北風小僧のかんたろうならぬつらぬきたろう~♪


と歌いながら、寝太郎は寝太郎らしく、眠りにつくのでした。