大人になるにつれて、
(「大人になる」っていうのは成熟した精神性というような意味だけども)
ゼロ100じゃなくて、
白黒じゃなくて、
極端じゃなくて、
どっちかに寄るんじゃなく、
50のニュートラルの場所から多角的にバランス良く物事を考えることは人生を生きていく上でとても大事だし、何より人生が楽になる…
……とは重々、分かっている。
分かっているのだけれども。
ゼロ100で考えてしまう自分が子供っぽいんだよな、とか
そんな極端な自分を好きになれないな、とか
自分責めすることが多かったが、
そんな自分は
「愛が深いのだ」
と思えるようになった、ここ最近。
それくらい、極端になるくらい、激しいくらい、人を愛し、本当は愛が強いのだ。
恋愛に限らず、友人や家族や私が大切に思う人に限っては。
50でバランス良く上手くやれたらいいけど、
不器用で頑固で信念を曲げたくない私だって、私なのだ。
それが私!…とまで言える強さはないけど、
そんな自分だって責めなくていい。
そんな自分も愛してあげようと思った。
不完全で理想とは程遠くて、大人になりたくて、でもなれなくて、もがいている自分も、自分なのだと。
認めるだけで、いいのだ。
あなたの愛を私は知ってるよ、と自分自身に声掛けしてあげた、今日の寝太郎。
おやすみ寝太郎。夢の中でも自分の愛を認めてあげよう。