
ジョニ・ミッチェルのBoth Sides Nowを久しぶりに聴いた。
高校生の時にずっと聴いていた。
理由は母が好きだったから。
最初はジュディ・コリンズのバージョンを聴いていたら、母からジョニ・ミッチェルが作った曲だよと教えてくれて、そっちもよく聴くようになった。
最初は歌詞も分からないし、特にジュディ・コリンズ版だと爽やかに軽やかに歌っているものだからよく分からず聴いていたが、
歌詞を見て、ジョニ・ミッチェル版を聴いたら、
なんとも深く哲学的なんだな、と思った。
その感情を上手く言葉には出来なかったし、
高校生の私にはその重みや深みを理解することは出来なかったけど、
この先の人生、特に女性が年齢を重ねれば重ねるほどその深みを理解出来るようになるのではないか、と何故か直感があった。
なんとなく、なんだけども。
そしてたぶん、それを聴く母の横顔が忘れられなかったからかもしれない。
「Both Sides Nowが、青春の光と影っていう和訳もすごいよね」
母がそんな話をして、
「確かにそうだな~」くらいしか当時は思わなかったのだが、
今になったらよく分かる。
人生の両側を見なければ、分からないことだった。
青春時代から大人になっていくにつれ、色んな現実を生きながら人生を見ている、憂いを帯びた人が言える言葉。
あの時の母もそういう心境だったのかな。
そういう横顔だったのかな。
なんだかそんなことを思い出しながら聴いて歌詞を見たら、
改めて身体の奥の方、魂が深く震えた。
これから先の人生でまた何度となく、
そして何段階も、
その度に共鳴するのだろうな、
と、感じていた今日の寝太郎。
おやすみ寝太郎。
夢の中でも人生を、愛を、両側から見ていこう。