
「欲がなくなった」ことがある。
立派な肩書きがあるから幸せ、お金があるから幸せ、いい車やブランドバックを持っているから幸せ、パートナーがいるから幸せ、結婚したら幸せ、人から羨ましがられたら幸せ…
「外側の何かを得たら幸せになれる」ということは幻想なのだと完全に理解し、もう人と比べることもなく、自分自身の内側が幸せの源で、そこから涌き出るもので充分満たされるので、ただただ一日一分一秒、どこにいたって何したって幸せになってしまった。
正直この境地が人生のゴールだと昔は思っていた。
もちろんそれはこの上ない幸せなんだけど、一方で焦燥感なのか「このままでいいのかな」が付きまとっているのも事実。
行き着く先は隠居しかなくなると。笑
成長欲もなくなっていいのだろうか?とか、何かを成し遂げなければならないのではないか?とか思ったと同時に、
「あぁ違う違う、それではまた同じことだ」
と自分を諭す。
ただ昔は「外側の何か」を得るために、不足感から人生を生きていたから、
そうではなくて、もう充分に足りている、既に完璧だったのだと気付いてからは、満ちている状態から行うこと、生きる人生はどうなるんだろう?
その境地の中で生きることにも意味があるのではないかと、ふと思った。
そう考えたら、楽しみでもある。
だからこそ、ただ楽しめばいい気がしてきた。
余計なことを考えずに。
こうやって日々満たされて、喜び、幸せを感じながら、そして同時に少し戸惑いを感じながら、
人生に起こってくること全てを味わうことなのだな、と思う。
もちろん当然、良いことばかりではなくこれからも色んなことはあるだろう。
それさえも、一つ一つが悟りに繋がり、人生を彩る。
と、言い聞かせているし、本当にそう信じている。
そんなこんなで結局のところ、焦らず悩まず、目の前の一瞬一瞬を味わい、幸せでいる他ないな、と考えていた今日の寝太郎。
おやすみ寝太郎。夢の中でも自分が幸せの源泉でいよう。