
振り返ってはすぐ「あれで正しかったんだろうか」とか「私は間違ってたのかな」とか、
あの時違う選択をすれば違ったのかな、とタラレバを言っては長く心に思いとどめたり、結局自分の中で複雑化する。
もちろんそこから反省したり、気付きや学びを得ることは本当に大事。
そこからまたひとつ、人間として成熟するし、魂が輝くのだから。
だけどタラレバを言って自分を責めるほど、自分を傷付けることはない。
自分の思考や行動で現実を創っているのだと思うのと同時に、たとえどんな道を選んでいても、結局これは人生の流れの中で起こっていたんだ、と思うことは生きる上で大事だし、実際それが真理な気がしている。
いいとか悪いとか正しいとか間違ってるとか、ではない。
出来事にいいも悪いもない。
正しいも間違ってるもない。
正当化してると言われればそうかもしれないけど。そんなつもりもないのだけど。
ただ自分が、「いい悪い」「正しい間違ってる」の世界に生きているのだと自覚すること。
いい悪い、正しい間違ってるに執着していれば、必ずどちらかの極に触れる出来事が自分の前に現れる。
そしてそれは自分が創り出しているのだとも。
だから、いいも悪いもジャッジせず、人生の流れの中でただ「起こったこと」
そしてそれがどんな意味付けになるかは、その時は分からない。
今は無理に分かろうとしなくていいし、まだ分からなくていい。
今後の人生で分かってくるから。
その時には必ず(これは必ずと言い切れる)、
振り返ったら悪いことやネガティブなこととして捉えておらず、「あれがあったから」といい経験としてポジティブに捉えられているから。
最終的にはそれが最善で、自分の望みに繋がっていたのだ、と気付く日が来る。
もちろん、そうやって切り替えたつもりでも、心の中でゼロにはならないのもまた人間の良さ。
胸にチクリとした痛みを持って、それを持ったまま、望みを捨てずに生きていく。
それがまたその人の魂を輝かせる。
男女問わず人間として、内面から滲み出る美しさって本当にあるから。
夜桜を見ながら、そうやって内側から出る魅力のある人になりたいなと思った、今日の寝太郎。
そう言えば桜の花言葉は「精神の美」だった。
おやすみ寝太郎。夢の中でも内側から輝く桜のような人になろう。