
昨日66日間チャレンジを始めてから、しばらく毎日投稿していたのを久しぶりにお休みしてみた寝太郎。
実に67日ぶり。
そこでどんな気付きがあるだろうと、これまた自分の気持ちを観察してみた。
ちょうど昨日は久しぶりに風の谷の親友ガメちゃんとのお喋り食い倒れデーだったので、帰ってきたら疲れていたし、無理せず今日はお休みしようと思った。
ここしばらくチャレンジ達成するまではどんなに疲れて眠くても、投稿するまでは寝れん!っと(実際スマホ握りしめながらしばし寝落ちしてたこともしばしば)頑張っていたのだが、昨日は
「あ、もう終わったから休んでもいいんだった」
と思った時の、自分の気持ちの揺れ動き。
まず最初に、ホッとした。
あー寝れる、とか物理的な安心と、課しているプレッシャーからの精神的な解放。
そして次に、あー別にしなくてもいいんだ...でもなんだがちょっと寂しいような...矛盾。
どうしてもねばならないでやっている時はやりたくない日もあるけど、やらなくていいよ、と言われたら、ちょっと寂しくなるような、あれ。笑
やっぱり「脳ちゃんとタマ子」に書いていた66日続けると習慣になるというのは本当だった。
そして習慣ということは、それをやらないと逆にそっちの方がちょっと違和感、というような。
エネルギーが循環せず、滞るのかしら。
やっぱりそこに向かうことが、結局のところ「居場所」みたいな感じになっていたのかもしれない。なんだかカッコ良く言い過ぎだけれども。
まぁそんな感じで、続けることにも、中断することにも、気付きがあるものだよな、と。
でも、元来続けることが苦手な寝太郎が続けられているのは、やっぱり好きだからなんだろうな、とまた自分を知る。
文章を書く、言葉を綴る、言葉を紡ぐ、どんな形なのかなんて分からないけど(むしろそれを何かの形に当てはめようとすることがナンセンスなのかもしれない)
寝太郎的自己表現で、好きなことが出来るようになってよかった。
毎日楽しく、言葉をもってあそぼう。
そんなことを考えていた今日の寝太郎。
お休み寝太郎。夢の中でも言葉ちゃん達と一緒に遊ぼう。