
お風呂に入っているとリラックスしているので、ピンとアイデアが閃くこともあるし、ふと昔のことを思い出すことがある。
きっと余計な雑音がないし、エネルギーが内に向いているからだろう。
目をつぶって、感覚的にリラックスして、瞑想に近い状態になっているのかもしれない。
そんな時、すっかり忘れていた過去のワンシーン思い出す。
何で今日に限ってそれなんだろう?
とも思った半面、今の私に必要なメッセージとして受け取っておくことにする。
本当にすっかり忘れていたけど、
「その頃から私そんなこと言ってたんだ」
「今と繋がってるじゃん」
と、ふっと笑う。
ビックリしたと同時に少し嬉しかった自分がいた。
やっぱり人って生きている中で、「本当の自分が生きる道」に繋がっているヒントって至るところに転がっている。
ただ気付いていなかっただけ。
なぜ気付かないかというと、やっぱり「自分」を隠して、無理して、抑圧して生きているからだろうな。
思い返せばそんなシーンは人生の中に溢れていて、心の、というか魂のどこかで気付いてはいたんだろうけど、見て見ぬふりして生きていた。
それを見ちゃうと、向き合っちゃうと、こわいから。
その「こわい」って感覚は、
いわゆる「本命」だから、それがダメだった時にどうしよう、もう絶望だ、みたいなかんじ。
だから二番手三番手のところで生きていたんだろうなぁと思う。それだと傷付かないから。
ただ、そんなのももう、十分でしょ。
いよいよ向かう時だよ、と色んな意味で導かれた今年。
お風呂の中で、やっぱりそうだったんだな、しかも昔から。
と、ある意味降参モードで、改めて力が抜けた。
肩肘張ってもしょうがない。
どうあがいたって、どうせまた引き戻されるし、どうせそうなるのだから。いい意味で。
無駄なプライド捨てて、目の前にあるものを一生懸命努力して、道を歩いていこう。
目の前のことだけ必死になっていれば、余計なことを悩む時間はない。
その先にまた次なる道が見えてくるから。
そんなことを考えていた、今日の寝太郎。
おやすみ寝太郎。夢の中でも目の前にあるものに一生懸命になろう。