「バルバラ異界」(2002年)は、「海のアリア」から13年ぶりのSF長編作です。
この作品は、現在のところ、萩尾望都の最終的な総決算的作品になっています。
例えば、「バルバラ異界」に登場するエズラ一族は、「火星」の生命の遺伝子、記憶を持つ点で、「スター・レッド」の火星人の新たな姿です。
また、エズラ一族は、「血」を必要とする点で、ポーの一族の新たな姿です。
そして、「心臓」を与え・受け取る点で、「トーマの心臓」のトーマ、ユーリの新たな姿です。
このように「バルバラ異界」は、過去作品の総決算であることを、明示しているようです。
また、他にも過去の諸作品から継承したモチーフは山のようにあります。
ですが、「バルバラ異界」に固有の特徴もあります。
それは、主要な萩尾作品の中で、初めて「父」を主人公にした作品だということです。
「訪問者たち」、「メッシュ」、「残酷な神が支配する」など、過去の萩尾作品が描いてきた「父」は、息子を捨てるダメな人間であったり、権威的、ないしは、暴力的な悪人であったりしました。
ですが、「バルバラ異界」の主人公である時夫は、息子に対する無関心を回心し、血のつながりのない息子を愛し、息子の死を認めずに救おうとしました。
その結果、もう一人の重要人物である青羽を助けて人間の未来を救いました。
青羽は、火星の生命の復活を母に託された点で、「スター・レッド」のジュニア・セイの新たな姿ですが、彼女は火星と地球の戦争を未然に防止するという快挙を達成しました。
さらに、バルバラ島の人間が、ポーの一族のように「排斥」され、「差別」され、殺されることのない未来を作るという快挙を達成しました。
「ポーの一族」や「スター・レッド」の悲劇を心に抱いて生きてきた人間にとっては、「バルバラ異界」は涙なしには読めない作品です。
そして、おそらく「バルバラ異界」は、「ポーの一族」新シリーズへのきっかけになりました。
「バルバラ異界」の物語は、2052年の日本と、そこに生きる十条青羽が見る夢の世界の、2つの世界で展開されます。
青羽の夢の世界は、約100年後の未来(2150年)に実在するバルバラ島が舞台になっています。
青羽の見る夢は、夢なのですが、同時に、過去・現在・未来の現実世界とつながっています。
また、青羽の夢には、過去、未来の人間がやってきて、その夢を共有しています。
そして、青羽は、現実とも夢とも区別のできない幻想の中に現れることもあります。
つまり、青羽は、過去、現在、未来の現実を見て、それを組み合わせ、変容させながら夢を見ることで、未来を作っていきます。
ですが、現実が夢に反映し、夢を制限するとので、自由に作れるわけではないのです。
青羽は、夢=未来で起こる悲劇を回避しようと、試行錯誤して夢見ています。
そして、最終的な理想は、かつての火星の海の生命が持っていた一体性なのです。
この青羽の行為は、過去・現在・未来を時空をつないで、宇宙の崩壊を避けようと試行錯誤した「銀の三角」のラグトーリンと似ています。
ラグトーリンは、超人的な能力を持ちますが、青羽同様、何でも知れる、何でもできるわけではありませんでした。
そして、その中に海を抱えている点でも、ラグトーリンと青羽は同じです。
<夢先案内人の時夫>
主人公の渡会時夫は、「夢先案内人」と呼ばれ、他人の夢の中に入ることができる能力を持っています。
ですが、彼の仕事は、主に犯罪者の夢に入り、犯罪者の真の動機を探ることであって、治療家ではありません。
この時夫が、8年間ずっと眠ったままの青羽の夢の中に入っていき、その謎を解き明かしていくことで物語は進展します。
最初は、時夫は青羽の夢に対して否定的でしたが、最後には、結果的に青羽に協力することになりました。
時夫が、青羽に、結果的に協力することになったことは、「銀の三角」のマーリーとラグトーリンの関係を同じです。
このように、「バルバラ異界」は、「夢」が大きなモチーフになっています。
夢を共有するモチーフは、「モザイク・ラセン」を継承しています。
他人の潜在意識の中に入って謎を解いたり、肯定的なものに変えたりするモチーフは、「海のアリア」や「X+Y(一角獣種シリーズ)」を継承しています。
<火星の生命>
青羽は、夢を通して、「火星」の「海」の生命の「集合意識」の復活を目指しています。
過去の火星の海には生命が住んでいて、この生命は全体が一体で、一種の「集合意識」を持っていました。
そして、他の生物を食べるとその記憶コードを取り入れました。
つまり、「記憶」を継承したのです。
そして、火星の海が干上がって火星の生命が絶滅する前に、火星の生命の一部が隕石に運ばれて地球に降り注ぎ、地球の生命の中にその記憶コードが入りました。
「火星」のモチーフは、「スター・レッド」から継承しています。
「スター・レッド」の火星人は超能力者なので、ある程度の精神・記憶の共有があるとも言えます。
また、「海」と「集合意識」のモチーフは、「マージナル」や「海のアリア」から継承しています。
<エズラ一族とエズラ・ストラディ>
「バルバラ異界」に登場するエズラ・ストラディが属する一族(特定の呼び名はありませんが、以下「エズラ一族」を使います)は特別な性質を持っています。
エズラ一族は、ケルトの末裔で南アフリカに移住し、エズラはここで生まれました。
エズラ一族は、火星の「記憶」を思い出すことができる者が多く、火星の「夢」を見ます。
一族の中でも、その程度に差があります。
また、一族の亡くなった者の「心臓」を食べることで、火星の「記憶」が明瞭になり、また、その者の「記憶」も継承できます。
彼らは、「記憶」が継承されるという意味で、「不死」な存在でした。
青羽のように、見た「夢」を未来に実現できるような能力を持つことができるようになる者もいます。
「心臓」は、「トーマの心臓」から継承するモチーフです。
「マージナル」ではこれが「生命の律動」と言い換えられ、「海」と結び付けられました。
「バルバラ異界」では、新たに「火星」、「集合意識」と結び付けられました。
もちろん、エズラ一族は火星の記憶を持ち、火星を望郷するので、「スター・レッド」の火星人と結びつきます。
エズラ一族は、20歳頃を越えると、急速に老いて早く亡くなります。
エズラ・ストラディは、研究者として、記憶が心臓にある特別なバルバラ・プリオン・タンパク質に蓄積されることを発見しました。
そして、老化を止めて一時的に若返るためには、エズラ族の血から作った若返りの薬を開発しました。
バルバラに住む人物は、この薬を作るためにバルバラに閉じ込められていて、自分たちの血が取られています。
このように、エズラ一族が、一種の「不死性」を持ち、「血」を必要として与え合う、というモチーフは、「ポーの一族」を継承しています。
また、早く「老化」するというモチーフは、「マージナル」から継承し、「ポーの一族」新シリーズのルチオ一族に継承されます。
「老化」は、「自己否定する者」を象徴する性質で、ポーの一族が人間の血を必要とすることと同じ象徴的な意味を持ち、エズラ一族の二重性を表現しています。
また、「バルバラ異界」のラストでは、タンザニアの村にエズラ一族が残っていることが語られます。
これは、ポーの村のようですし、今考えると、これが「ポーの一族」の再開を暗示しているように感じます。
エズラ・ストラディは、とりわけ火星の記憶を強く持っていた父の心臓を食べました。
これは、エドガーが大老ポーの濃い血を受け継いだことと同じ構図です。
また、エズラは、13-15歳頃から老いが始まったのですが、これは、エドガーが14歳で年齢を止めたことと逆対応しています。
エズラ・ストラディの別の姿である青博士は、偽称ではありますが、ギリシャ出身だと称していしたが、新シリーズでは、ポーの一族、ルチオ一族はどちらもギリシャ出身とされます。
<青羽>
バルバラの夢を見ている十条青羽は、エズラ一族で、現実世界では、9才から8年間眠り続けています。
「眠り続ける」というモチーフは、「精霊シリーズ」のルトル、「マージナル」のキラの一人から継承されたものです。
そして、「ポーの一族」新シリーズの、「眠りの時季」を持つというポーの一族の特徴設定や、フォンティーンに継承されます。
青羽の母の茶菜は、「青羽はすべての命の希望」と言い、夫を殺して心臓を取り、自分も自殺して、青羽に二人の心臓を食べさせました。
茶菜は、青羽に火星の記憶を継承したのです。
死んだ茶菜と彼女が火星の希望を託した娘、この関係は、「スター・レッド」のセイとジュニア・セイに重なります。
「バルバラ異界」の物語の核となる人物である青羽は、新たなジュニア・セイなのです。
茶菜の「茶」は、「レッド・セイ」の「レッド」であり、火星の、そして「マージナル」の「赤い海」です。
そして、青羽の「青」は、「マージナル」のキラが蘇らせた「青い海」です。
セイはジュニア・セイに記憶を継承できませんでしたが、茶菜は青羽に継承したのです。
「スター・レッド」の悲劇をずっと心に抱え続けてきた私には、このことに涙を禁じえません。
青羽の母の名が「茶菜」であり、祖母の名が「菜々実」なら、青羽の本来の名は「青葉」のハズです。
それが「青羽」なので、「スター・レッド」の火星人の名前であった「シラサギ(白羽と表現してもいい)」、「黒羽」に対する名だからでしょう。
青羽は亡くなる時に、生前の記憶としてシラサギが美しかったと言います。
これは実際には、青羽が継承した茶菜(セイ)の記憶でした。
ですが、「スター・レッド」のシラサギは、唯一、最初にセイの可能性を信じた火星人です。
セイの記憶は、青羽にまで継承されたのです。
バルバラの中での彼女は、少女(9歳以前)で、月のお姫様の娘で、バルバラに養女として住んでいます。
バルバラのでは、飛べる人がいますが、青羽は飛べません。
「青羽」の名前も含めて、「翼」、「飛行」のモチーフは、「スター・レッド」も含めて過去の多くの作品から継承しています。
青羽がバルバラで飛べないこと、そして、養女でありよそ者であるのは、この夢が青羽の思い通りに行かない、未来の現実を反映した客観性を持った世界であることを表現しているのでしょう。
<エズラと4人の子供>
エズラ・ストラディは難民(おそらくアフリカの)の子で、製薬会社を運営する十条家の菜々実と結婚しました。
そして、十条製薬で細胞活性薬(若返り薬)のバルバラを開発し、不老の子供を作る実験をしていました。
エズラはエズラ一族であるため、火星の生命の記憶を持っていました。
彼は、十条製薬から追放された後、夢の記憶から、過去の火星は生命の海に溢れていた、将来、火星人と出会う、という研究を発表ました。
エズラは、自分の若返り薬を使って若返り、世羅ヨハネと名乗る神父として、NYで活動しました。
世羅ヨハネは、母の名バーバラからとった砂漠緑化のグリーン・バーバラ計画を立て、また、里親用児童待機施設のグリーン・ホームを運営していました。
このグリーン・ホームに提供された卵子と世羅ヨハネの精子を使って、不老不死の子供を作る実験として、4人の子供が作られました。
2人は早く死に、タカは時夫の死んだキリヤと入れ替わって時夫の家族になりました。
もう一人のパリス・グリーンは、三姉妹の里親に引き取られた後、入れ替わったキリヤの日本の高校に転校してきました。
世羅ヨハネことエズラ博士が作った4人の子供は、「マージナル」でイワン博士が作った4人の子供のモチーフを継承しています。
4人のうち二人が早く亡くなっていて、一人が主要な登場人物となり、最後の一人に希望が託されるという点でも同じです。
エズラ博士もイワン博士も火星に関わる人物です。
また、イワン博士が母親の名前キラを子供につけたように、エズラ博士も母の名バーバラを自身の計画の名前にしています。
「バルバラ異界」の「バルバラ」が「母」の名であるということは、この物語が「母性的なもの」をテーマとしていることを表しています。
「海」、「生命」、「一体性(集合意識)」、「心臓」、「血」などは、「母」なるものなのです。
また、「秘密の花園(ポーの一族・新シリーズ)」では、登場人物のメリッサ(アーサー・クエントン卿の母)の好きな聖女がバルバラだと語られます。
そして、聖バルバラについて、塔に閉じ込められた聖女であり、戦う人だと説明されます。
実に、「バルバラ異界」の「バルバラ」の意味が、連載が終わって14年後に明かされたのです。
バルバラ島に閉じ込められ、夢見によって戦う青羽は、聖バルバラなのです。
また、4人の子供は、以前にエズラ博士が作った三姉妹に若返りの薬を提供する役割を追っていました。
三姉妹の3と子供の4の関係は、「銀の三角」の「3=銀・現実の数」と「4=金・無限に続く数」を継承しているのでしょう。
また、バルバラにいる子供の人数は3人です。
バルバラが未完であることを示しているのでしょう。
この3と4の背景には別の意味もありますが、これについては後編ページの最後にも書きます。
*長くなりましたので、「バルバラ異界 2」に続けます。
