萩尾望都の諸作品のテーマと継承 -7ページ目

萩尾望都の諸作品のテーマと継承

萩尾望都の諸作品の解釈とテーマやモチーフの継承について、萩尾望都作品論。

バルバラ異界 1」から続くページです。

 




<渡会家と二人の息子>


主人公の渡会時夫には、キリヤという息子がいましたが、2才の時に甲殻類アレルギーで死にました。
ですが、エズラが、4人の子の一人で、卵子を時夫の妻の明美が提供したタカと入れ替えました。


この入れ替わったキリヤ(本当のタカ)は、エズラ一族なので、火星の夢を見ました。


一方、本当のキリヤは、入れ替わってタカの名でバルバラにいました。


火星の海の生命とつながるエズラ一族のタカに対して、渡会家のキリヤが海の生物のアレルギーというのは、対照的な設定です。


青羽も、もともと多くの食物アレルギーを持っていましたが、エズラ一族の心臓を食べて治りました。


「アレルギー」は、「排斥」の象徴です。
この「エズラ一族/渡会家」の対照性は、「アレルギーなし/アレルギーあり」であり、これは「排斥しない者/排斥する者」という対照性の象徴なのです。


時夫が、他人の夢の中に入りながら、治療はできないという設定も、彼が「排斥する者」であって、「解放する者」ではないからです。

 


時夫は、キリヤが入れ替わっていることを知りませんでしたが、息子に関心がなく、離婚後、ほとんど関係も持ちませんでした。
一度、キリヤが成長した後に会いに行きましたが、話をせずに帰りました。
これは2度捨てたような状態でした。


時夫の元妻の明美は、前世の夫と思っている世羅ヨハネ(エズラ)に熱心で、キリヤを叱ることも多く、キリヤは母からも愛されているとは感じていませんでした。


つまり、入れ替わったキリヤは、父からも母からも愛されずに育ち、自分の存在意義に疑問を持っていました。
つまり、彼は「自己否定する者」となっていました。


キリヤは御神楽が得意でしたが、御神楽は心を「無」として踊るものであり、これはエズラ族の「無垢さ」を象徴します。
ですが、時夫の家族の中で親に愛されず、恨みの感情が芽生えて御神楽を舞えなくなりました。
これは、「本来的な自分」の否定を象徴します。


それで、キリヤはパソコン上に架空の島バルバラを作って安らぎの場所にしていました。
青羽はキリヤを見つけ、火星の記憶をバルバラという形にして未来の夢の世界を作りました。


時夫の家族の破綻的な状況は、「排斥」の反映です。
エズラ一族のタカは無垢な心の持ち主だったけれど、キリヤとして時夫の家庭に入って、「排斥された者」になったのです。
そして、時夫が捨てたキリヤ(本当のタカ)を、青羽が拾ったのです。


一方、本当のキリヤは、甲殻類を食べて死んで、バルバラに復活しました。
時夫は、バルバラで死者の心臓を食べた直後、現実世界の時夫は心臓が一時停止しましたが、その間、バルバラでタカ(本当のキリヤ)と親子関係になりました。
時夫も、一時的な死によってエズラ一族になったのです。

 


<父としての時夫>


渡会家の、母が浮気(のような行為)をして、息子が実の子ではないという設定は、「11月のギムナジウム」のエーリク、「トーマの心臓」、「訪問者たち」のオスカーから継承したものです。
また、実の子であるか疑って捨てたという設定の「メッシュ」と近いものです。


オスカーの父は、息子を育てようとしますが、ダメな人間ゆえに、手放してしまいます。
メッシュの父は、実の息子ではないと疑って手放しますが、実の息子だと思うようになってから自分のもとに戻そうとしました。


時夫は、キリヤが実の息子だと思っていた時から関心を示さず、事実上、手放しました。
ですが、その後、改心し、さらに、実の息子ではないと知っても、愛しました。


これは、「排斥する者」であり、「愛」を持たない者である時夫が、逆の方向に転じたことを表現しています。


ちなみに、萩尾望都は、「残酷な神を支配する」を描いたことで、実の両親との距離をとることができるようになり、親世代について描けるようになったと語っています。(「文藝別冊・総特集 萩尾望都」)
そして、単なる権威の象徴ではない父親を描くことができるようになったのだと。

 


<未来の歴史>


「バルバラ異界」の物語が進展する途中で、バルバラの夢(2150年)から現代(2052年)に知識としてもたらされた未来の歴史がありました。


未来において、火星に植民がなされますが、2130年に地球の人間との間に「火星大戦争」が起こります。
火星の人間と地球の人間との戦争は、「スター・レッド」から継承するモチーフです。


その後、2150年までにバルバラという島に、火星人の遺伝子を持った人間が閉じ込められます。


そして、バルバラの青羽が9歳になる時に、一般の人間による焼き討ちのジェノサイドによって、バルバラの人間が死に絶えます。
9歳というのは、現代の青羽が眠りに入った年齢です。
時夫も、青羽の夢の中でこのジェノサイドを目撃します。


「異質な者」のジェノサイドは、「ポーの一族」のテーマ、モチーフを継承するものです。
また、焼き討ちというモチーフは、「マージナル」のイワン家族から継承しています。
そして、再開された「ポーの一族」のトレッポ城の焼き討ちに継承されます。


青羽はこのジェノサイドを避けようとして、何度か夢を作り変えましたが、失敗していました。


すでに書いたように、悲劇を回避するために、時間を超えた試行錯誤する青羽のモチーフは、「銀の三角」のラグトーリンから継承するものです。


そして、青羽は、過去の諸作品のモチーフを組み合わせて、ハッピーエンドの結末を試行錯誤する、萩尾望都その人でもあります。

 


<戦争とジェノサイドの回避>


キリヤは、自分が本当はタカであり、時夫の実の子ではないことを知ります。


青羽は、彼に、エズラの記憶の継承を求めますが、エズラが作った4人の子供の一人であるパリスは、キリヤに自分自身でいることを勧めます。


キリヤは、偽の息子であるというアイデンティティに悩んだまま、落下事故によって死にます。


落下のモチーフは、「ポーの一族」のロビンとアラン、「トーマの心臓」のトーマ、「一角獣種シリーズ」のタクトらを継承するものです。
アイデンティティに悩むことは、「マージナル」のキラなどの継承でもあります。


そこに時夫が駆けつけて、死んだ直後のキリヤの夢に入り、なんとか生き返らせようとします。


青羽からは、キリヤはすでに死んだので、この過去は変えられないと言われますが、それでも時夫は、駄々っ子のようにキリヤの死を認めません。


時夫がキリヤの生をあきらめなかったことは、「ポーの一族」でエドガーが落下したアランをすぐにあきらめたことと違います。
エドガーの「滅びの美学」が、時夫の「美学なき執着」に更新されたのです。


このあきらめい時夫が、「ポーの一族」新シリーズの、アランの復活をあきらめないエドガーにつながったのでしょう。


諦めない時夫の前に、未来からバルバラに来ていた千里が現れてアドバイスします。
バルバラの中の過去の人物を見つけて、その人物が見る夢を変え、その人物にとっての未来である現在を変えることができると。


時夫は、バルバラの中に、幼児のエズラ博士であるパインを見つけて、キリヤを助けてくれと頼みました。
時夫が目を覚ますと、歴史が変わっていました。


キリヤは助かったのですが、それは本当のキリヤでした。
時夫の息子が、本当のキリヤに戻ったのです。


その代わりに、タカはバルバラにいました。
つまり、未来に生きるのです。


現在が変わったことで、未来も変わりました。
バルバラの夢の世界では、過去に起こったはずだった火星大戦争が起こらなかったことになりました。
さらに、バルバラのジェノサイドもなくなり、バルバラの住民は一般市民になりました。


そして、現代で眠る青羽は、体が光り、その後、急激に老化して死にました。

 


結局、時夫の、血のつながらない息子、「異質な者」への愛によってすべてが好転しました。
時夫がキリヤを助けようとしたことが歴史を変えることになりましたが、これは、「銀の三角」でル・パントーがエロキュスを助けようとしたことが歴史を変えることになったことを継承しています。


そして、青羽の見る夢は、「否定的な夢」から「肯定的な夢」へ変わりました。
「否定的な夢」から「肯定的な夢」への変更のモチーフは、「スター・レッド」以来のモチーフです。


先に書いたように、「スター・レッド」の歴史だった火星の戦争は回避され、「精霊シリーズ」や「ポーの一族」以来のテーマだった、「異質な者の排斥・差別」がバルバラでは行われなくなりました。


青羽と時夫が成したことは、あまりに大きいものです。
そして、萩尾望都が、このハッピーエンドを描いたことも。


 

<エズラ一族と集合意識>


エズラ一族の青羽は、生命の一体的な「集合意識」を目指していました。
そして、キリヤ(本当のタカ)に心臓を食べさせ、バルバラに呼んでバルバラを完成させようと思っていました。
一方、パインは、キリヤに自分自身でいるようにアドバイスしていました。


キリヤは、青羽の目指す「集合意識」と、時夫に象徴される個的意識の選択を迫られたのです。


この「個と集合の相克」のテーマは、「スター・レッド」や「バー・バル・ビューティ」で提示されて、「マージナル」で深められた未解決な問題でした。


キリヤは、時夫の家族の中で悲しみを持っていましたが、個を捨てるまでの考えには至りませんでした。
キリヤは、「そんな永遠、オレはいらない。オレはオレでいたい」と青羽に言っています。


歴史が変わった後では、キリヤに代わってパリスが火星の夢を見る者となり、彼がエズラの心臓を食べるように望まれる者になりました。
ですが、彼は、物語の中では、判断を保留しました。


「個と集合の相克」の問題は、未来への課題として残されたのです。


このパインは、「マージナル」の最後のキラと似ています。
ですが、キラが個を持たず、個の獲得を目指すのに対して、パリスはすでに個を持ち、集合意識の獲得が期待されています。


「銀の三角」では、歴史の変更があって、最後に、ユーフラテスに不安な夢の記憶を持ったエロキュスが残りました。
これは文明を生み出した人間、過去から現在へ続く人間を象徴します。


「バルバラ異界」では、個と集合意識の選択を保留したパインが残りました。
これは、未来の人間の可能性を象徴します。


「バルバラ異界」はハッピーエンドで終わりましたが、この相克を解決する主人公の成長物語は、まだ、描かれていません。

 


<3人の親>


「バルバラ異界」には、3人の悩める親が登場します。


青羽の祖母であり茶菜の母である菜々実、キリヤの父である時夫、キリヤの母である明美です。


菜々実は、娘と孫娘を失った母であり、孫娘を取り戻して母に戻りたい自分と、母を捨てて恋に走りたい自分の間で揺れています。


時夫は、息子を捨てた父であり、父に戻ろうとしています。


明美は、母になれていないのに、母のつもりです。


このように、親としては三者三様です。


また、菜々実は、エズラ族の夫エズラに逃げられ、非エズラ族の時夫を愛しています。
それと逆に、明美は、時夫を離婚し、エズラ族の世羅ヨハネを愛しています。


このように、恋愛では、二人はまったく対照的です。


ですが、最終的に、時夫は父になり、明美は時夫に心を戻し、菜々実は娘と一体の孫娘の臨終に立ち会うことができました

 


<ユング未来研究所>


時夫は、21世紀ユング派の人間という設定です。
ユングの深層心理学理論は、「バルバラ異界」の設定と共通する部分があります。


エズラ一族は記憶を継承しますが、ユングの「集合的無意識」は先祖の代々の経験・記憶の集積として考えられたものです。
海の生命の一体性(集合意識)とも、少し似ています。


また、フロイトが夢を過去の抑圧されたものの表現と考えたのに対して、ユングは未来の可能性として考えました。
バルバラの夢が未来を作ることと似ています。


さらに、バルバラの夢が現実に影響を与えることは、ユングの心と現実が一致する「シンクロニシティ」の考え方と似ています。
青羽は、「私の夢は未来とシンクロしている」と発言しています。

 


エズラ博士が実験で生み出したのは、最初が3人、次が4人です。

4はユングにおいては完全数とされます。
キリスト教の三位一体には「女性的なもの」が欠けていて、四位一体を完全なものと考えました。