「銀の三角」(1980-2)は、「百億の昼と千億の夜」、「スター・レッド」の次に書かれたSF長編作です。
この作品も、「排斥」のテーマを扱っていますが、「百億の昼と千億の夜」や「スター・レッド」のように「排斥する者」と「排斥される者」の戦いの物語ではありません。
「百億の昼と千億の夜」の最後では、阿修羅王が転輪王と一体化して過去を体験しました。
「スター・レッド」の最後では、肉体を失ったセイが時間を移動する能力を得ました。
「銀の三角」では、彼女達と同じ女性の主人公ラグトーリンが、最初から時空を移動できる能力を持つ「時空人」として活躍します。
また、彼女以外にも、何人かの時空人が登場し、時空を越えて物語が展開します。
ラグトーリンは「夢を狩るのが私の仕事」と自らを語ります。
彼女は、「スター・レッド」でセイが、「夢魔」による「否定的な夢」に捕まった失敗を取り消すために働きます。
「銀の三角」では、パントー(銀の三角人)の存在がキーとなっています。
パントーは予知能力などの「超能力」を持つ種でしたが、古代に滅亡しました。
パントーは、6年に一度の祭儀の朝に、集団で子供を作る習慣があります。
ですが、なかなか朝の光が来ない時は、一番の「楽師」が朝を呼ぶために、歌と歌って、自分自身が「供犠」となって死にます。
この「供犠」、この「歌」は、「無限」である「光」を呼ぶためのものです。
「超能力」は、「あそび玉」や「スター・レッド」から継承するモチーフです。
「供犠」は「小鳥の巣(ポーの一族)」や「トーマの心臓」から継承するモチーフです。
「銀の三角」では音、音楽、楽師(音楽家)が重要なモチーフとなっています。
このモチーフは「海のアリア」に継承されます。
パントーは消滅した種ですが、ある星の王リザリゾの子として、パントーの血を引くル・パントーが生まれました。
王はこの子が忌むべき存在だとして殺しますが、このル・パントーは時空人であるため、殺される瞬間に時空を越えてこれから逃れます。
ですが、王は殺害することを止めず、ル・パントーは、何度も繰り返し殺され続けます。
ル・パントーは、「排斥される者」であり、それを「悲観」し、14才のある時、殺されることを受け入れます。
ですが、殺される時、「異形音」を発し、これがモザイク状に作られた宇宙の成り立ちそのものを破壊してしまいます。
ル・パントーの殺害も一種の「供犠」で、パントーの楽師が「供犠」になったことの反復です。
「百億の昼と千億の夜」では、宇宙外の「シ」が、「スター・レッド」では宇宙外の「アミ」、「夢魔」が宇宙や生命の消滅、破壊の原因でしたが、「銀の三角」では、宇宙内の出来事(排斥)が原因とされます。
また、ル・パントーが死を選んだ「14才」は、「ポーの一族」のエドガーが時を止めた年齢であり、「トーマの心臓」の主要登場人物の年齢でもあります。
「モザイク」というモチーフは、「モザイク・ラセン」に継承されます。
また、宇宙がバラバラに壊れるというモチーフは、心理的表現になって、「残酷な神が支配する」に継承されます。
リザリゾ王は「排斥する者」ですが、物語を通してラグトーリンの邪魔をして活躍する「排斥する者」は、「中央(中央政府)」のマーリーです。
「中央」は、「百億の昼と千億の夜」の「惑星開発委員会」、「スター・レッド」の「委員会」を継承する組織です。
<ラグトーリン>
ル・パントーが「異形音」を発して宇宙を崩壊に導くことを、主人公のラグトーリンが止めようとするのが「銀の三角」の物語です。
ル・パントーは宇宙の多くの場所に自分の夢を飛ばすことができます。
ラグトーリンはこれの夢からル・パントーの本体を見つけ出しました。
ラグトーリンは「時空人」なのですが、この「異形音」の発生には、他の二人の「時空人」が関係しているので、これをなかなか止めることができないのです。
ラグトーリンは、阿修羅王のように、宇宙的知性の化身のような存在です。
マーリー2がラグトーリンにキスをされた時、「すべての始まりの音」を聴きます。
それは、「寄せては返す波」の音でした。
萩尾望都は、原作「百億の昼と千億の夜」に描かれた阿修羅王そのものでもある「原初(永遠)の海」を描きませんでした。
ですが、ラグトーリンとして、突如、この「原初の海」を描きました。
この「海」のテーマは、「マージナル」、「海のアリア」、「バルバラ異界」に継承されます。
また、「残酷な神が支配する」では「羊水」として描かれます。
ですが、ラグトーリンは、阿修羅王やセイのように、「排斥される者」として戦う存在ではありません。
ラグトーリンは、「排斥する者」でも「排斥される者」でもなく、「排斥」から生まれる破壊を食い止めようとする存在です。
つまり、従来の萩尾作品が描いてきた二項対立の上位に立つ存在です。
ラグトーリンは、最後に、「夢を狩るのが私の仕事」と言います。
つまり、「否定的な夢」をなくし、「肯定的な夢」にするのが仕事です。
ですから、ラグトーリンは、阿修羅王の終わりなき戦いを終わらせ、「否定的な夢」に捕まって死んだセイの失敗を超えるために生まれた存在なのです。
そして、時空を超えて解決方法を試行錯誤する点では、作家である萩尾望都の化身でもあります。
この時空を越えて夢を変えるというモチーフは、「バルバラ異界」の青羽に継承されます。
<「スター・レッド」の継承>
「銀の三角」は、多くのモチーフ、設定を「スター・レッド」から継承しています。
先に触れたように、ラグトーリンは「夢の狩人」として、ル・パントーの「否定的な夢」を宇宙からなくそうとします。
これは、「スター・レッド」でセイが「夢魔」を宇宙から追い出そうとしたことを継承しています。
パントー人は予知能力(超能力)を持つ点で、火星人と同じです。
また、火星人が「赤い目」を持つのに対して、パントーは「金虹彩の目」を持ちます。
パントーの星は消滅しましたが、「スター・レッド」でも夢魔の巣食う星は委員会によって消滅させられ、火星もその運命にありました。
最後のパントーであるミューパントーが亡くなったと伝えられる星は、石碑のような岩板が立ち並ぶ星です。
これはセイが亡くなり、エルグが閉じ込められた夢魔が巣食う惑星の、柱が墓碑のように立ち並ぶ光景とそっくりです。
主要な登場人物であるマーリーは、秩序を乱す者の暗殺者、つまり、「排斥する者」ですが、超能力を持つ「時空人」です。
この点で、彼は「スター・レッド」のエルグに似ています。
エルグも本来は管理する側の者として働いていた超能力者です。
マーリーは、死んでもクローンとして何度でも生き返ります。
これは、死ねない不死人であるエルグと同じです。
一方、革命歌手のエロキュスは、地球人の生まれ変わりで、マーリーに殺されます。
つまり、「排斥される者」です。
そして、地球という故郷への強い「望郷の念」を持っています。
彼女は、故郷への強い「望郷の念」を持つ点で、セイと同じです。
エルグはセイの影響を受けて「戦う」側に寝返りました。
マーリーはラグトーリンを殺そうとして逆に殺されますが、クローンとしてのマーリー2が作られる時に、ラグトーリンがエロキュスの記憶をそこに注入し、エロキュスとマーリーの合体人格となります。
つまり、マーリー2は、マーリーがエロキュスを受け入れたような存在であり、寝返ったエルグに似ています。
「トーマの心臓」は、「死」で終わる映画「寄宿舎~悲しみの天使~」の続編として、「死」から始まる物語、トーマが供犠となることから始まる物語を描いたものでした。
「スター・レッド」はセイの「死」で終わるので、その続編は、「死」から始まる物語になるでしょう。
「銀の三角」は、パントーの楽師の「死」から始まります。
パントーの楽師はセイなのでしょうか。
ラグトーリンは、冒頭で、楽師の死の後、パントーが子を作ったのかと問われ、「その子供が私なの」と答えます(嘘をつきます)。
これが本当なら、ラグトーリンは、ジュニア・セイです。
<4のマジック>
パントーの考えでは、3(色では銀)は現世を表現する数であり、それを越える4(色では金)は無限へと続く数になります。
パントーの目は金虹色なのですが、これはパントーが無限へと続く存在であることを象徴しているのでしょう。
この「4」のモチーフは「マージナル」、「バルバラ異界」に継承されます。
ラグトーリンは、ル・パントーの「異形音」を止めるために、彼の元に、3つの時空から3人を用意して集めました(1+3=4)。
・古代地球のチグリス・ユーフラテス川から転生させた、現在のリザリゾ王国にいるエロキュス=マーリー2(望郷し、排斥される者)
・3万年前のプロメ近郊の星の、ちょうどノヴァ(超新星爆発)の光が届く時間にいる、ちょうど最期を迎える最後のパントーであるミューパントー(無限へと至ろうとする楽師)
・そのミューパントーのもとに現代から飛ばした中央のマーリー3(排斥する者)
そして、15年後のル・パントー(排斥されて、否定の夢を見、破壊的になる者)が「異形音」を放とうとする瞬間に、その3人のいる2つの時空をつなげました。
さらには、それがミューパントーを通して、太古のパントー星の祭儀の時空にもつながりました(1+2+1=4)。
ラグトーリン(=萩尾望都)のマジックです。
<マジックの結果>
ラグトーリンのマジックによって、「否定的な夢」を見ていたル・パントーは、「無限の光」という絶対的な「肯定」を呼ぶ歌を聴き、そして、その到来を見ました。
同時に、マーリー3(排斥する者)がエロキュス=マーリー2(排斥される者)を殺そうするのを見ました。
そして、ル・パントーは、この殺害を止めようとして、エロキュス=マーリー2をその故郷に飛ばしました。
そのため、「異形音」を発することなく、殺されました。
ル・パントーは、「供犠」となって宇宙を救ったとも言えます。
その結果、歴史が変わり、問題に関わるすべてがなかったことになりました。
パントーも、ミューパントーも、ル・パントーも、エロキュスの未来への転生も、消滅しました。
残ったのは、その「不安な夢」の記憶を持った、古代地球のチグリス・ユーフラテスにいるエロキュス=マーリー2、そして、住居に戻ったマーリー3だけです。
「不安な夢」を閉じ込めたままにするために、エロキュス=マーリー2は永遠に生かされます。
これは、「スター・レッド」のラストの、夢魔の惑星に閉じ込められたままに永遠に生き続けるエルグの姿に似ています。
ですが、チグリス・ユーフラテスのエロキュス=マーリー2は、明らかに、文明を作った人間の象徴です。
ラグトーリンはすべてを解決しましたが、その結果が人間の現状なのです。
「銀の三角」のエンディングは、始まりに行き着いたのです。
「銀の三角」は、その意味で神話です。
<ハッピーエンドなのか>
パントーが他人種から利用され、文化を失ったことが、宇宙の崩壊の原因になっていたと言うことができます。
ル・パントーは、パントーの楽師のように他人を救うこと、つまり、「供犠」となることを選びました。
「祝祭」、「供犠」のシステム、その意味を取り戻すことが、宇宙を救うことになりました。
「トーマの心臓」も、トーマの死から始まり、それが「供犠」の役割を果たしたことで終わりました。
「銀の三角」も、ル・パントーの死が「供犠」となることで終わりました。
ラグトーリンがいきなりマーリー3にキスをするシーンがあります。
これはどういう意味でしょうか。
マーリー3はラグトーリンのジャマをし、殺そうとした者であり、大切なエロキュスを殺そうとしている者です。
ラグトーリンは、「排斥する者」であり「自己否定する者」であるマーリー3に、「愛」を伝えたのでしょうか?
ラグトーリンは、マーリー3がラグトーリンに協力すると言います。
彼女は、彼に何も強要しません。
ですが、マーリーは、最後までラグトーリンに協力しようとすることはせず、エロキュスを殺そうとすることを止めませんでした。
ところが、マーリー3は意図せずして結果的に協力することになりました。
ラグトーリンは、マーリー3に何も強要することもなく、「排斥者」を「排斥者」のままにして、解決しました。
それどころか、ラグトーリンにとっても、思いもかけない形で問題が解決されました。
ラグトーリンが意識的に解決したのではなく、宇宙的知性としての無意識が解決したというべきです。
つまり、「供犠」のシステムは、無意識の知性として成立し、復活したのです。
マーリー3もリザリゾ王も、殺そうとすることをやめませんでした。
ですが、ル・パントーが供犠となることを選んだことで、彼らの行為は、単なる殺害者、「排斥する者」ではなく、結果的に「供犠」に協力する者となりました。
そして、彼らの行為の歴史も消滅しました。
何が違うのでしょうか?
「無限」に至る「祝祭的供犠」と、単なる「排斥」。
なぜ、前者では「排斥」される者が納得をし、後者ではしないのか。
ラグトーリンの問題解決は、本当にハッピーエンドなのでしょうか?
確かに、物語の最後には、マーリー3は、エロキュス=マーリー2を殺害する意志を捨てました。
そして、彼が、いつか、地球のチグリス・ユーフラテスの浜辺に行ってみようと語るところで「銀の三角」は終わります。
では、その続編は書かれたのでしょうか?
5年後の描かれた「マージナル」は、そのユーフラテス近郊を舞台にした話です。
そこにセイが生まれた火星のクリュセからイワン博士がやってきて、4人の子(またも4)を作ることが起点となる物語です。
また、萩尾望都は、「供犠」の問題を、「銀の三角」以降も、考え続けたました。
ですから、「供犠」のシステムをテーマにした「偽王」を書き、さらに「残酷な神が支配する」を書いたのです。
