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萩尾望都の諸作品のテーマと継承

萩尾望都の諸作品の解釈とテーマやモチーフの継承について、萩尾望都作品論。

「残酷な神が支配する」は1992年から2001年まで10年に渡って連載された、萩尾望都にとって最も長い作品です。


そのため、登場人物が多く、多数の親子関係が扱われ、登場人物の心理も深く描かれています。
そして、やはり、過去の諸作品のテーマ、モチーフを多数継承していて、総決算的な意味を持つ作品になっています。


「父・息子」の関係のテーマの点では、「訪問者たち」、「メッシュ」を継承しています。
「母・娘」の関係のテーマの点では、「イグアナの娘」を継承しています。
他にも、「姉妹」の関係のテーマの点では、「半神」を継承しています。


また、「愛による解放」のテーマとしては、「トーマの心臓」、「一角獣種シリーズ」、「メッシュ」、「マージナル」を継承しています。
特に、虐待されて人を愛せなくなった人物の「解放」の物語であり、肉体的な交わりを含む「愛」の物語という点では、「トーマの心臓」の大人版と言えます。


また、「祝祭の贖罪(供犠)」のテーマとしては、「小鳥の巣」、「銀の三角」、「偽王」を継承しています。


この作品の特徴は、「供犠的な愛(矛盾する愛)」と「錬金術的愛(融解する愛)」を対比し、前者によってトラウマを負い、後者を見出すことで救済に向かう物語であるということです。


そして、後者の「錬金術的愛」に関して、萩尾望都のエロス論が登場人物の口を通して語られます。
これは、「トーマの心臓」でユーリがトーマを「恋神」と呼んだことの説明であり、回収です。


また、主人公が崖から飛び降りようになるシーンがあって、これは「小鳥の巣(ポーの一族)」のロビンの墜落死の謎の説明、回収になっています。

 

 


<祝祭と供犠>


萩尾望都は、「偽王」で、「非日常」の「祝祭」の時には、秩序ある「日常」では許されないすべてが許され、その後、王がそのすべての「罪」を背負って追放されて、「日常」に戻る、という文化人類学的な文化の構造を描きました。


王だけでなく、「祝祭」の時に殺された主人公の家族は、「排斥」で成り立つ「日常」の秩序を維持するための「贖罪者」なのです。


「残酷な神が支配する」では、主人公ジェルミを義父のグレッグが暴力的に犯すのは、週末という「非日常」です。
グレッグは、「日常」においては、立派な人物として生活し、この「非日常」で憂さ晴らしをします。


この時、グレッグは、「仮面(カーニバルの道化の仮面)」を被ることもあります。
グレッグは、ジェルミが「生贄」であると言います。


また、ジェルミは、グレッグが亡くなった後も、男娼を仕事とし、純粋な愛なしに行為を行います。
これを、ジェルミは自分の身体を「供物」にしていると語られます。


そして、義兄のイアンは、ジェルミをグレッグの呪縛から癒そうとしますが、そこに引き込まれていきます。
この愛の行為を重ねるのも、やはり同じ週末です。
イアンやジェルミは、グレッグの呪縛に引き込まれそうになった時、グレッグ同様の「仮面」をかぶった姿で表現されます。

 


<矛盾する愛>


人は「日常」において、社会的な秩序に合わないものを「排除」して人格を形成します。
ですが、「非日常」においては、その「排斥」したものを「解放」することがあります。
そして、その「解放」したものを「再排斥」して「日常」に戻ります。


この「日常/非日常」、「排斥/解放」は、互いに対立しつつ、互いを必要とする関係にあって、矛盾しています


グレッグのように、社会的にも家族的にも「日常」において立派な人格を持つ者が、「非日常」においては、禁じられた「性」を行うのはその典型的な例です。


彼は、「排斥」しているものを「解放」するための対象者を求め、愛しますが、同時に「再排斥」するために相手を攻撃し、憎みます。


このような「矛盾する愛」、「祝祭的な愛」においては、愛憎(破壊)が同時です。
これは「排斥」を前提とした「矛盾した愛」なのです。


この「矛盾する愛」の対象者であるジェルミは、グレッグの日常を保つため「供犠」なのです。
グレッグは「排斥する者」であり、ジェルミは、「愛される者」であり、同時に「排斥される者」なのです。


「排斥する者」は、「非日常」において矛盾を体現しますが、それは一時的なものであって、「日常」においてはそれを「忘れる」ことで「日常」が保たれます。


ですが、ジェルミは虐待を強要され、矛盾を体現させられて、自分のアイデンティティを保てなくなります。


ジェルミは、絶えきれずに、グレッグを殺すという主体的な犯罪を侵したことで、グレッグと一体の「罪人」、「自己否定する者」になりました。


こうして、ジェルミにとっても、この愛は、愛と罰が同時の「矛盾した愛」となりました。


そして、ジェルミは、世界がバラバラになると感じます。


世界がバラバラになるというモチーフは、「銀の三角」で虐待されたル・パントーがモザイク宇宙を破壊するというモチーフを継承していて、それを心理的に表現しています。


また、ジェルミは、自分が汚れ、臭いがすると感じ、「ぼくはどんどんくさくなっていったから、きれいなものがほしかったんだ」と語ります。


これは、「ポーの一族」新シリーズで、エドガーが「無垢なものがほしい」と語ることに継承されます。

 


<錬金術的愛>


一方、「排斥」を前提としない純粋な「愛」があります。
「残酷な神が支配する」では、これはジェルミの友人のウィリアムの口を通して「錬金術的な愛」、「融解する愛」として語られます。


これは純粋に肯定的な慈しみの愛です。
「攻撃性も支配欲も天国の熱にすっかり溶解してしまう」と語られるように、この愛は、汚れたものを浄化、昇華する働きがあります。


また、「愛の神殿がぼくらのエロスに呼びかける」と語られます。
「エロス」は翼を持って昇天する神なので、「錬金術的な愛」は「翼」を与えるものです。


これは、「トーマの心臓」でユーリがトーマを「恋神(アモール=エロス)」と呼んだことの意味を、改めて説明していることになります。
「トーマの心臓」でかすかに語られたことが、トーマやエーリクがユーリに与えた「翼」の正体について、25年ほど後になって、その大人版で語られることには、感動を覚えます。

 


「残酷な神が支配する」は、「矛盾する愛」の「供犠」になって、そのPTSDに苦しみ、愛することができなくなったジェルミが、「錬金術的な愛」を見つけて救済に向かう話です。


後半では主人公的存在になる義兄イアンが、ジェルミを救おうとしながら、「矛盾する愛」に引き込まれつつ悩みつつ、最終的に「翼」を与える者になることができました。


物語の途中で、ジェルミは、空からの日光を見て、崖から飛ぼうとして、自分が走っていることにも気づかず、崖から落ちそうになります。
これは、「小鳥の巣(ポーの一族)」のロビンの墜落死のモチーフの再現であり、ロビンの死の真層を明かすものです。


ここに、萩尾の2大ギムナジウム作品で転落死したトーマとロビンが結び付けられました。
改めて、トーマが与えようとしたものと、ロビンが求めたものが同じものであったことが明かされます。

 


また、この愛によって「生命の秘密」、「タナトス(死)の秘密」を知るとも語られます。
この愛は、死と再生、「生む」ことに関わるのです。
これについては、後(後編のページ)で書きます。

 


<ジェルミ>


主人公のジェルミ・バトラーは、母サンドラの幸せを守るため、再婚相手の義父グレッグに脅迫されて、毎週末などに暴力的な性的関係を強要され続けます。


それに耐えきれなくなったジェルミは、車に細工をしてグレッグの殺害計画を立て、予定外にその車に乗ったサンドラを含めて、二人は事故死します。

 


ジェルミの母サンドラは、夫を失った後、息子のジェルミを頼りにし、一種の精神的依存関係になりました。
サンドラは、精神的に不安定で、死をほのめかしては、ジェルミを脅すような形で、彼を支配しました。
ジェルミからすれば、マザー・コンプレックスに囚われた状態です。


そのため、ジェルミは、グレッグの脅しに屈して、母を守らざるを得ませんでした。
ジェルミの根本的な問題は、サンドラに対するマザコンでした。


そのため、間違ってサンドラを事故死させてしまった罪の意識、サンドラがジェルミとグレッグの関係を知っても放置した裏切り、この2つは、ジェルミにとって自分自身を否定する大きな強迫観念となりました。


マザコンであり、母の裏切りを心配するという点では、「トーマの心臓」のエーリクと同じです。

 


ジェルミは、グレッグに虐待されたことによってPTSDになります。
同時に、母を殺した罪の意識、さらには、母に裏切られたことを認めたくない意識などが結びついて、強烈なコンプレックスが形成されます。


ジェルミは、愛のない性に傷つけられたにも関わらず、男娼になって、それを繰り返します。
そして、人を愛することができなくなります。


ジェルミは、虐待を受け、罪の意識を持ち、人を愛せなくなるという点で、「トーマの心臓」のユーリの後継キャラクターです。
実父を亡くしているという点も同じです。


つまり、ジェルミは、ユーリの問題とエーリクの問題を共に抱える人物です。


また、父を殺したいと思っていた、虐待を受けた、堕落した生活をしていた、男娼(のような仕事)をしている、誰も愛していない、兄的存在の男性に救われる、母にも問題がある、などの点で「メッシュ」のメッシュ(フランソワーズ)の後継キャラクターでもあります。

 


<グレッグ>


グレッグの父の両親は仲が悪く、祖父からは実の子ではないのではないかという疑いを受けていたようです。
そのため、グレッグは父のためにも立派な家族を築き、実子であることを証明しようと考えていました。
そして、グレッグは優秀な事業家になり、社会的にも家庭的にも表面的には立派な人物となりました。


ですが、グレッグは、前妻の浮気を許せず、前妻を自殺に追い込みました。
そのためか、グレッグは、再婚しても、ジェルミという供犠(生贄)を必要とするようになりました。


グレッグは、虐待する存在としては、「トーマの心臓」のサイフリートの後継キャラクターです。
ですが、家族からの母への批判を晴らすために頑張るという点では、「トーマの心臓」のユーリを継承しています。
また、父から実の子ではないという疑いを受ける点では、メッシュを継承しています。

 


<イアン>


イアンは、グレッグの愛する長男であり、グレッグと共通する性質を持ちます。


イアンは、ジェルミに対して罪の意識を感じ、「オレはもう二度とおまえの痛みに目をつぶらない」と言って、彼を助けようとします。
ですが、ジェルミに対して、ジェルミの意向を効かずに、常に一方的に押し付ける態度を取ります。


また、イアンは、グレッグの裏の顔に気づかずに、ジェルミに、家族のためにいい子供を演じようと提案します。
これは、グレッグが「私たちはいい父と子を演じなければいけない」と言ったことと同じです。


つまり、イアンには、グレッグと似たところがあるのです。


ジェルミはこれに気づき、イアンに、「自分自身にさえ見事にウソをついて、世界を都合よくつくりかえる偽善者だ」と言い返します。


イアンが不倫した母を持つというモチーフは、「11月のギムナジウム」のエーリク、「トーマの心臓・訪問者たち」のオスカー、「メッシュ」のメッシュと同じです。
ですが、イアンのキャラクターにとって、このモチーフは大きくないようです。


イアンは、ジェルミの治療には「愛」が必要だと直観します。
「愛」によって「自己否定する者」を救おうとする点で、イアンは「トーマの心臓」のトーマを継承しています。


やがて、本当にジェルミを愛するようになりますが、それが純粋な愛なのか、罪の意識によるものなのか、または、父グレッグのような「矛盾する愛」なのか分からなくなります。
実際には、すべての要素が混ざったものだったのでしょう。


イアンとジェルミは、グレッグの呪縛によって、互いに「矛盾する愛」の中に引きずり込まれていきます。

 

*長くなりましたので、「残酷な神が支配する 2」に続きます。