8月30日

これを行いなさい。そうすれば、あなたがたは幸いです。

ヨハネによる福音書 13章17節


私たちは、自分の意志を明け渡し、決断を委ねることから生まれる安らぎについて、ほとんど知りません。あるいは、従順で謙虚な心を持ち、世の移ろいをそのままやり過ごすときに何が起こるのか――今あえて手放そうとしているその地こそを、やがて自らが受け継ぐことになるのだと知った上でそうするときに何が起こるのか――についても、ほとんど知りません。

私たちは、義に飢え渇き、そして世の快楽では決して得られない充足感で満たされることにある喜びについて、ほとんど知りません。

私たちは、憐れみの恵みについて、ほとんど知りません。「受けるよりは与える方が幸いである」と学んだ者の赦しの心や、与えることによって物事を二重に所有できること、そして他者を祝福することが自分自身にも二重の祝福をもたらすことを理解する生き方について、ほとんど知らないのです。

「山上の垂訓」の中で、他の何よりもまばゆい輝きを放つ宝石があります。それは、ダイヤモンドへと結晶化した涙であり、永遠の天の冠の中でルビーへと変貌を遂げた一滴の血です。

これこそが、イエスと共に苦しむ喜びです。あふれる喜びの中で一切の痛みを忘れ、パスカルのように、どちらが先かと言い当てることもできずに、それらが一つに溶け合う状態――「涙に重なる涙、喜びに重なる喜び」――なのです。