8月19日

「神を信じなさい」とイエスは答えられた。
マルコによる福音書 11章22節

神は私たちに完全な信仰を求め、信じて疑わなければ、求めるものが与えられると告げておられます。不信仰の念が少しでもあれば、私たちの確信は無効になってしまいます。
どうすれば、そのような完全な信仰を持つことができるのでしょうか。人間の本性だけでそれが可能でしょうか。いいえ、そうではありません。しかし、神の性質によって、つまり私たちの内におられるキリストによって、それは可能になります。神は私たちに信仰を与えることがおできになりますし、実際にそうしてくださいます。キリストこそ私たちの信仰の創始者であり完成者であり、神を信頼するよう私たちに求めておられる方です。キリストの霊が私たちに与えてくださるものを通して信仰を持つ以上、私たちはキリストが信じておられるのと同じように信じるのです。
私たちはキリストの名によって、またキリストの性質そのものによって祈ります。そして、今この肉体において生きているのは、神の御子を信じる信仰によるのです
(ガラテヤ人への手紙 2章20節)。キリストが私たちに求めておられる愛は、単なる人間的な愛でも、旧約聖書で求められていた愛の基準でもなく、それよりも高いものです。それは互いに愛し合うことです。「わたし(キリスト)があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(ヨハネによる福音書 13章34節)。
そのような愛は、どうすれば可能になるのでしょうか。私たちの愛とは、聖霊によって私たちに与えられ、私たちの内で働いているキリストの愛にほかなりません。