8月13日
暗い雲が主を包む
詩篇97篇2節
空に雲がかかり、人生の旅路に苦難が伴うことは、私たちが「火の柱」に従い、主の臨在の中を歩んでいることの明白な証拠です。弟子たちは、主の変貌の栄光を目の当たりにして驚嘆する前に、まずその雲の中へと入らなければなりませんでした。やがてその同じ雲が、主の昇天の際には主を運ぶ「車」となり、主が栄光のうちに再臨される時にも、主を迎え入れる聖なる乗り物として待ち構えているのです。
たとえ暗い雲が主を包み込んでいたとしても、そこには常に「恵み」と「まこと」が伴い、主の御前に先立って進んでいることは確かです(詩篇89篇14節)。
雲がもたらした最も尊く、恵みに満ちた役割の一つは、イスラエルの民を砂漠の焼けつくような日差しから守ることでした。
威厳ある「火の柱」は傘のように彼らを覆い、宿営を覆う天蓋(てんがい)のように、その影は乾燥した砂漠の猛暑から彼らを守る避難所となりました。強烈な熱気から遮られ、日陰に守られることの意味は、東方の太陽の下に身を置いたことのない者には、真に理解できないことでしょう。
聖霊もまた同じように、私たちの悲しみや誘惑という「火の矢」と、私たちの間に立って守ってくださいますように。
