6月15日
愛をもって真理に生きることによって、私たちはあらゆる面で、頭であるキリストの成熟した体へと成長していくのです。
エペソ4:15
収穫とは、実りの時です。それは、果物や穀物が大きさも重さも十分に熟した時です。時が経つにつれて、未熟な果実の酸味は和らぎます。雨と夏の恵みによって、果実は柔らかく滑らかになります。太陽の光は、果実の鮮やかな色を際立たせ、完全に熟した時には、手にすっと落ちます。
私たちのクリスチャン生活も、このようにあるべきです。私たちの生活には、柔らかく熟させるべきことがたくさんあります。多くのクリスチャンは、実り豊かな果樹園を持っていますが、それはまだ熟していない、酸っぱい果実です。こうした信者の生活には、良いところもたくさんありますが、非常に不完全です。まだ、厳しさや酸っぱさが残っています。おそらく、彼らは家庭生活で苦しみを経験しているのでしょう。彼らは苛立ち、怒り、主への信頼を失い、ひいてはクリスチャンとしての喜びを失ってしまうのです。こうしたことは、多くの悲しみとあらゆる種類の苦しみを生み出します。
私たちは毎日、後悔する出来事を経験します。自分の人格が成熟し、穏やかになっていないことを自覚し、それを自分一人では成し遂げられないことも理解しています。人生に甘さを吹き込むことはできません。それは内面から湧き上がってくるものなのです。
