6月6日

彼は自らを低くした

フィリピ2:8



神の国の義(山上の垂訓)への第一歩は、心の貧しさを得ることです。次のステップはもう少し深く、涙を流すことです(マタイ5:4)。なぜなら、私たちは今、柔軟でなければならないからです。私たちは砕かれ、主が形作ることができる真っ赤に燃える金属のようでなければなりません。不正を目にし、それを嘆き、心から悲しむだけでは十分ではありません。罪が私たちの生活に入り込んだことを些細なことと考えず、涙を流さなければなりません。こうして神は私たちを神の義へと導いてくださいます。神は私たちを苦難と試練を通して導いてくださいます。主のもとに来る前に大きな苦しみを経験する必要はないと私は信じています。私たちが神に属していることを知ったとき、私たちが愛する御子において神が私たちを受け入れてくださることを悟ったとき、私たちが神の懲らしめを恐れず、神の手が怒りではなく愛の手であることを知るとき、神は私たちを火の中に置かれるのです。その時、主は私たちを、心の貧しさと涙によって、第三の段階へと導いてくださるのです。それは、柔和で謙遜で、身を委ね、従順で、喜んで従い、主の足元にひざまずいて、「主よ、私に何をさせたいのですか?」と涙ながらに言うことです。