3月28日

しかし、御霊の実とは…善です。

ガラテヤ人への手紙 5:22


 善は聖霊の実です。善とは、神に似た者となることです。


 神の善は、主の積極的な慈しみと特に深く結びついています。使徒パウロはローマ人への手紙 5:7で、善と正義の違いを次のように述べています。「正しい人は滅びることはほとんどないが、善人は死ぬこともある。」


「正しい」人は、道徳と名誉において揺るぎなく、高潔ですが、花崗岩の山のように堅固な場合もあります。


一方、優しい人の山は、緑と花々に覆われ、滝が流れ落ちるような美しいものです。善は「愛すべきものすべて」(ピリピ人への手紙 4:8)を尊重し、慈しみ深く、人道的で、愛情と共感に満ち、喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きます。



主よ、私たちをあなたで満たし、キリストのよう、あなたの善を体現する善き人となるようにしてください。


日々が過ぎゆくにつれ、愛することに疲れ果てた心があります。日々が過ぎゆくにつれ、疲れ果てて滅びゆく魂があります。


i 正義、あるいはスペイン語で「正義」という概念は、アルフレド・スミス博士が説明したように定義されています。「通常、『正義』という言葉は『正直、公平、徳のある、名誉ある』と訳されます。キリスト教の語彙では、『正しさ、透明性、清さ、名誉、純粋さ』という意味合いを持ちます。」


ii シンプソン博士の詩:日々が過ぎゆくにつれ、大切にすべき孤独な心があります。日々が過ぎゆくにつれ、疲れ果てて滅びゆく魂があります。