3月14日
"私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。"
エペソ2:10
キリストは、私たちの力ではなく、神の力と恵みによって、私たちを神に仕えるように遣わされます。私たちは神の作品であり、キリスト・イエスにあって良い行いをするために創造されたのです。神は、私たちがそれを行うように、前もって備えてくださったのです(エペソ2:10)。
私たちは、それらを準備する必要はありません(欽定訳)。人生のあらゆる場面で、私たちの必要に応じて仕立てられた衣服のように、ただ身に着けるだけです。
私たちは信仰によってそれらを受け入れ、神の働きへと出て行かなければなりません。知恵、信仰、愛、祈り、力、そして私たちの働きと労苦に必要なあらゆる恵みと賜物において、全能の神が私たちと共に、また私たちの内におられることを信じて。この信仰の働きにおいて、私たちは弱く、無力で、無防備だと感じなければならないでしょう。そして、自分の力についてほとんど自覚がないことも、さらにそう感じるでしょう。しかし、私たちが信じて前進するならば、神は力となり、実を結ばせてくださいます。
最も価値ある奉仕とは、荒涼とした不毛の日々を経て現れるもの(砂漠の甘い果実のように)です。神はこう言われました。「それゆえ、見よ、わたしは彼女をくどいて荒野に連れて行き、優しく彼女に語ろう。
わたしはその所を彼女のためにぶどう畑にし、アコルの谷を望みの門としよう。彼女が若かった日のように、彼女がエジプトの国から上って来たときのように、彼女はその所で答えよう。」(ホセア書2:14-15)。信仰によって生きることを学ぶのと同様に、働くことも学びましょう。そうすれば、私たちは信仰の報い、すなわち尊い魂の救いを受け、私たちの人生は永遠に実を結ぶでしょう。
