先日、とても印象的な夢を見た。
道の真ん中で、ものすごい形相のお化けが、猛スピードで走り近づいてくる。
私は、逃げたかったが恐怖で身動きがとれなくなっていた。
「その枕をつかんでいろ」
お化けがそう言ったのか、どこからか声がした。
覚悟を決めたが、あまりの恐怖にもっていた枕をギュッと抱きしめて、顔をうずめる。
心臓の鼓動はバクバクと激しく脈打ち、どうにかなりそうな感覚に。
次第に近づいてくるお化けへの恐怖がピークに達したその時、お化けが私の腕をつかんで血を吸った。
しかし、その行為は予想に反して非常に優しいものだった。
あの恐怖は何だったのだろう・・・
恐怖がどこかへ行ってしまったと同時にお化けも消えた。
この夢を見て思ったことがある。
それは、恐怖というのは自分の心がつくりだしたものなのかもしれない、ということ。
怖そうな見かけのお化けを、自分自身が勝手に「怖いもの」と思いこんでいたんだなと。
見かけが怖そうだからといって、怖いとは限らない。
実際、このお化けは、嘘かと思うくらい本当に優しかった。
血を吸われながらも、え?それだけでいいの??ってくらいに少量で、意外に謙虚(?)だった。
恐怖に感じることからは人間逃げたくなるものである。
だが、逃げ続けても恐怖心は減らないし、却ってどんどん怖さが増していくだけだと思う。
ではどうしたらいいのか?
怖いままでは、身動きがとれない。身動きがとれないままでは辛いし窮屈だ。
ならば、いっそ恐怖と対峙してみるといいのではないかと思うのだ。
覚悟を決めて、恐怖と向き合ってみる。
そうして、恐怖の正体を見極めてみる。
正体を見極めることが出来たとき、私の夢のようにあっけなく恐怖心は消えてなくなることであろう。
「幽霊の正体みたり枯れ尾花」である。
☆恐怖心や疑いの気持ちがあると、何でもないものまで恐ろしいものに見えることのたとえ。また、恐ろしいと思っていたものも、正体を知ると何でもなくなるということのたとえ。
こんな事を、この夢は示唆していたのかもしれない。