昨年の春になるが、私の生母の父、すなわち私の祖父が亡くなった。享年99歳という大往生。祖父は、40半ばで先妻、つまり私の祖母を亡くし、その1年後に娘、つまり私の生母を亡くす。祖父には、息子、つまり私の叔父がいるが、実家を出てよその土地で結婚、祖父は後添いをもらい、私の父は私を連れて祖父の家をでて、その後再婚。こんな状態で、それぞれ別々の家庭をもち暮らすことになる。
父と継母にとっては、生母方の祖父母とは血縁はないため、本来ならば縁が遠のいてもおかしくないところ。だが、「私」という存在があったため、親戚づきあいは継続されていた。
祖父の後添いである現在の祖母は、血縁はないものの、私を非常に可愛がってくれていた。私はこの祖母を本当の「おばあちゃん」と思って慕っていたが、小学生の頃、実は血縁がないということを知ることになる。別段、隠しだてをしたわけではなく、何も知らない小さな私に知らせなくても・・・と判断されていたのだろう。だが、私だけが何も知らなかったことと、祖母との間に血縁がないことがショックだったのは、言うまでもない。それでも、私は祖母のことが大好きだった。正直、血縁がある祖父より大好きだった。
数年前、祖父母は叔父の手配で、高齢者施設にうつることになる。少し会いづらくはなったが、時々顔を出してはいた。その後、祖父だけ別の施設に入ることになり、ほどなくして亡くなってしまった。
その後、祖父の遺産相続問題が起こる。
法定相続人は、祖父の妻である祖母、祖父の先妻の子である叔父、それから、祖父の先妻の子の子である私自身の3人。
相続に関して叔父が手続きをすることになったのだが、相続に関して何も知識がなかった私は、すべて叔父のなすがままだった。送られてくる書類には、叔父と祖母の署名捺印がある。叔父の説明を受け、「祖母が承諾したのなら・・・」と何の疑問ももたずに署名捺印をした。最終的に、叔父から「遺産はこれだけ残った。義母が半分それは俺が預かる。あとは、俺とお前で残った分をさらに半分。だからお前にはこれだけ渡す」と言われ、お金を受け取り遺産の事はすべて終わったかにみえた。
が、ここからが今回の問題の始まりになった。
落ち着いて考えてみて、疑問をもったのだ。
実際に遺産がどれだけ残っていたのか、今回の葬儀等でいくら支払われたのか?そういった、細かい情報開示が一切ないまま、遺産分割協議もないまま、口だけの説明で済ませた叔父。その妻である叔母が言った「葬儀にとんでもなくかかってしまってね。まだお祖母さんもいるし・・・」との一言になんとも言えない違和感を感じたのは気のせいではないと思った。
この違和感は、私の中でどんどん膨らんでいく。そして、その足で向かった、祖母のもとで私は驚くことになる。
「一切の書類を見せてもらってもいないし、署名捺印した覚えはない。すべて(叔父が)勝手にやったことだ。」
なんということだろう。叔父をすべて信用して、まかせていたのに。
署名捺印をするときに、疑問をもつべきであった。
祖母に確認をとるべきであった。
誰かに相談すべきであった。
・・・とようやく、自分の甘さを認識するに至る。
甘さを認識したのだが、だからと言って私になにができるだろう?
そもそも、私はこの叔父が苦手だった。人当たりは良いが、なんとも言えない心地の悪さを感じる。威圧してくる年上男性のエネルギーとでも言おうか、私はこれに太刀打ちができないでいた。
だから、叔父に対して怒りをもつも、そこに異を唱えられない。
怖い。異を唱えたことにより、自分はどうなってしまうのか?
どうして、私がそんな目にあわなければならないのか?
こんなふうに思っていた。
いや、ありていに言えば、私は叔父から逃げていたのである。逃げることにより、叔父と向き合いたくなかったのだと思う。
だが、「逃げるな!立ち向かえ!」というメッセージが、まわりから飛んでくる。それは、否応なしに有無を言わせない勢いでやってきた。タイガーアイのブレスレット効果 はこんなところにもやってきたようだ。
もうひとりの法定相続人である祖母は、齢90を超える身。意識はしっかりしているが、一人で自由に出歩くこともできないほど弱っている。生きているだけで精一杯の祖母に、相続云々の問題処理ができるわけがない。逆に、私が祖母を守らなければならない状態。祖母が元気でいるうちに、事をすすめなければならない。
逃げられない・・・覚悟を決めて、叔父に異を唱えることになる。もちろん、叔父は私に威圧的な言葉を浴びせてきた。どうにかなってしまいそうなくらい、怖かった。が、叔父に対して言わなければならない事はきっぱりと伝えて、「情報開示」を求めた。
が、その私の求めに叔父は怒りをしめし、その後逃げることになる。
逃げるのは、やましいことがあるからだ・・・
そう確信した私は、叔父を訴えることを考え弁護士のもとを訪れた。時同じくして、祖母の方でも弁護士へ相談していた。こちらは、遺産相続の問題とともに養子縁組解除が目的。数年前に、勝手にされた養子縁組にどうにも納得がいかないからだった。当時、養子縁組の不服申し立てができたのだが、いかんせん高齢の身。複雑な手続きに対処できる術もなく、悶々と日々を過ごしてきたのだった。しかし、遺産相続の一件のことで不満が爆発。とうとう、弁護士に相談する行動に出たのである。
そんな訳で、色々と書類が必要になり、祖父にかかわる戸籍等も取得。とりよせることになった戸籍をながめながら、自分のルーツをたどっていると感じていた。こんなにたくさんの人達が私の生誕までに関わっていたのか!生まれた日や亡くなった日、婚姻が結ばれた日など、その当時の年齢や世情などから推測しつつ、どんな人達だったのだろう?どんな人生を送ったのだろう?と思いを巡らしていた。
そうこうするうちに、血縁のある祖父や叔父に対して、私がもっていた感情がムクムクとわきあがってきた。なんとも表現しがたい「怒り」である。ずっと、ずっと違和感を覚えていたが、いまひとつ掴めなかったこの感情。それが怒りであったことに驚きつつも、その怒りの原因を客観的に観察していった。何が私に怒りを感じさせるのだろうか?
その原因こそ、「モラルハラスメント」だった。
私や祖母は、このモラルハラスメントを祖父や叔父から受けていたということがわかったのだ。私は、祖父や叔父から距離をおいていたため被害の度合いは少ない。が、祖母は常日頃からこの驚異にさらされていた。私と二人だけになると、祖母はよく祖父と叔父への愚痴をもらしていたものだ。それが、モラルハラスメントだなどと知る由もなく私も共感していた。
これは、私の実の祖母・生母の早世と決して無関係ではないと私は思っている。彼女たちが、祖父や叔父にどんな扱いをされてきたのか・・・まわりから、彼女たちの生前の様子などを聞くにつけ、胸が痛んだ。
現在の祖母は、非常に芯が強い女性である。その強さがあるからこそ、かなりの高齢でありながら弁護士に訴えるという行動がとれるのだと思う。今まで、口ごたえ出来なかったのは後添いという立場からだった。血縁のない者はこう言ったとき、非常に不利になる。それが、連れ合いを亡くしたことにより、心に踏ん切りがついたこと、私という味方が傍にいることを再確認したことにより、行動にでる決意をした。おそらく、亡くなった祖母や生母はそれができないタイプの女性だったと思われる。だから、祖父や叔父の横暴さに自らの命を削いでいったのではないかと私は思うのである。
私の左肩の痛みは、それをあらわしていたのかなと思った。
身体の左側は女性性をあらわすというが、そこに痛みがあるということは、男性性の痛みを女性性がカバーしている・・・という記述をあるブログでみかけた。
この記述をみて、家の家系がまさにこれでは・・・と感じたのである。男性達の痛みを女性達がカバーしていたのかなと。左肩の痛みはかなりのものだったので、相当なエネルギー奪取だったのかなと。肩は責任を背負い込むという意味合いもあるそうなので、男性達のぶんまで女性が気張って生きるのを良しとしていた家系だったのかなと。
それが、強固な「ブロック」になっていたのかもしれない。見事外れたことにより、心身ともに肩の荷がおりた感じがする。今まで、背負ってきた家系のカルマが精算されつつあるのかなと思った。
そうして、今まさに叔父とのやりとりが起こっているのである。
ある友人は、祖父の死に際して「括(99)りだね」と私に言った。祖父は享年99歳。まさに、括られるように物事は進行していっているのである。
日頃の叔父の言動を見聞きするにつけ、彼はアダルトチルドレンだと思うようになった。今まで、弱い立場の人たちから「奪う」ことで享受してきた愛。彼は、それを自らの力でなんとかする時期にきているのであろう。真実の愛をみつけていくために、これから様々なことが起きていくと思われる。現役を過ぎた年齢でそれに気づいていくのはかなりの試練になると思うが、自分自身のためにも、そして家族のためにも頑張って欲しいと思う。
雛人形に見た「正された力関係」、それは真実の愛そのものをあらわしていたように思う。真実の愛こそが、これからの世の中を変えていく原動力になるのだと思う。モラルハラスメントは、真実の愛にこそ解決の糸口があるのではないだろうか。
たくさんの人々が、真実の愛に目覚めることを、心より願う。
そうしてのち、正された力関係で世の中が変わっていくのを強く願う次第である。