自尊心をまもる | かのんのお部屋

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日々いろいろ思ったことを☆

タイガーアイの購入時の経緯は、前回記事にした とおりである。


その時の私の心境は


「このままではダメだ」


という気持ちが強く働いていた。


「うやむやにしてはダメだ」


という気持ちに強く突き動かされていた。

以前は、何かトラブルがおこるとそこから逃げるように


「ま、いいか」


と匙を投げていた自分がいた。
自分が納得しているんだから、それで自分は良いと思っていた。


だが、本当の自分はそれを「良し」とはしていないことに気がついていなかった。良しとしていないのに、良しと思おう無理していた自分がいたのだ。自分で自分を誤魔化していたのだ。自ら自尊心を傷つける行動をとっていたのである。


タイガーアイが手元にきてからというもの、私の自尊心はことのほか傷つくことに敏感になったようだ。


それでも、身についた行動の癖がそうさせるのか、無意識に自尊心を傷つける行動をとろうとすることがある。


だが、そういった行動に自分をもっていこうとすると、自分の意識がどこか納得しない違和感を感じる。その違和感を冷静に分析していくと、必ずといっていい程、相手に自分の本音を伝えていないことに原因をみる。そこまでわかっていながらも、さらに想いを押し込めようとすると、


「それではいけない、きちんと自分の気持ちを伝えるべきだ」


という、アドバイスが周囲から飛んでくるようになった。
それも、有無をいわさない勢いでだ。


逃げようとすると、自分の素直な気持ちを伝えるまで、逃げ道をすべて遮断されるかのようになったのだ。


それは、強力なまでに私に自己主張をさせようとする。

泣いて抵抗しても、それは許されない。


最初はただの偶然かと思って深く考えないようにしていたが、何度も同じことが続き、さすがにそうは思えなくなってきた。導きにほかならないと。

それは、かなり手厳しいものである。が、厳しいと思っているうちは、そこに自分の甘えがある証拠のようなきがしている。


自分を貶めることに甘んじてはいけないのだろう。

それが、自分を愛することにほかならないのだから。


言うべきことは言う。

怒るべきときは怒る。


例えそれが言いにくい事だとしても、行動を起こさなければならない時はある。

それは、自分のためでもあり、相手のためでもあり、周りのためでもあるのだろう。


そんな、厳しいお目付け役という役割がタイガーアイにはあるのかもしれない。

この強力なサポートは、かなり腹をすえていなければ乗り越えられないと体感で思う。


私が、現実から目を背けることをしなくなり、起こる現実を厳しいと思わなくなったときタイガーアイの役割は終わるのかもしれない。