楽器の演奏に息苦しさを感じるようになって、ふと思ったことがある。
若い頃ににはこんな事、まったくと言っていいほど感じていなかったと。
当時の私の悩みといえば、どうやったら綺麗な音が出せるかとか、どうやったら難しいフレーズが吹きこなせるかとか、テクニックの悩みがほとんどだった。
息苦しさなど感じてもいなかった。
私の一番の得意ジャンルは行進曲だったのだが、当時難なくこなせていた曲を今の私が演奏すると、曲が終了する頃には肩で息をしている状態になる。ほぼ休みなく、元気よく、はりのある音で吹き続けることが多い行進曲は、体力の消耗もかなりのもの。
今年の夏に参加したマーチングパレードの曲も行進曲だった。止まって演奏しても行進曲は体力を消耗するのに、楽器を構え姿勢を正し、歩きながら演奏するということは、相当の体力が必要なのである。
しかしなのだ。
マーチングパレードの大変さを差し引いて考えても、激しい消耗感がある。これは、私自身の体力の衰えを意味しているのだと思った。
若さだけで今まで何とかしてこれた事が、無理がきかなくなったと感じるのだ。若いときは当たり前のように出来ていたことが、出来ないと感じたときのショックは半端がない。
確かに老化の陰りは至るところに感じていたが、それは不可抗力のようなものと半ば諦めていた。が、基本的な身体能力に老化の兆しをみたとき、強い焦りを感じた。
私はこのままで大丈夫なのか?
このまま、老いていくだけでいいのか?と。
基本的な身体能力とは、立つ・歩く・走る・登る・降りる・・・というもの。ウォーキング・マラソン・登山を行うには、まさしくこの基本動作ができなければならない。自分への挑戦で、色々と行ってみて思うのだ。
私はこのまま、ずるずると老いるだけでは嫌だと。
ずっと、健康な身体を保ち、生きていきたいと。
足が痛いだの、腰が痛いだの、たくさんの不調をかかえて、ただただ治療院へかかり続けるだけの老人にはなりなくない。自分の病気自慢をするような老人にはなりたくない。どうせするならば、健康自慢をしたいものだと。
学生時代に先生から聞いた言葉が蘇る。
「20歳くらいまでに身体をつくっておくといい。歳をとってから違うぞ」
若い頃の私は、身体を動かすことが好きではなかった。
体育などでしかたなく身体を動かすのだが、運動神経があるほうとはいえず、授業が嫌で嫌でしょうがなかった。中高と吹奏楽部に入っていたため、運動部の子たちよりは身体を動かすこともなく過ごしていた。
先生の言葉を聞いたとき、正直、どきっ!とした。私、大丈夫?と。だが、そうなんだ・・・と思いつつも、好きでもないものをやる気にはならなかった。
身体を動かすことが好きではなかったのは、上手くできないコンプレックスのようなものがあったからだと思う。体育の授業や野外で、「みんな」と同じように出来ない自分を見るのが嫌だったのだ。そこに楽しさを見いだせていれば、運動そのものを倦厭することもなかったかもしれない。ようは、おちこぼれな自分が情けなくてしょうがなかったのだ。これは、自分の自信のなさとプライドの高さからきたものだと思う。
加えて、学生時代に二度交通事故にあい、左肩甲骨と鎖骨を痛め、さらにもらい事故でムチウチを経験してから、坂道を転がるように身体の不調に悩まされていった。
とにかく、不調のオンパレード。
若い身空で、あちこちの治療院を渡り歩く生活をしていた。
治療院に行くために働いていたようなものだったかもしれない。
まったく身体を動かさなかったわけではないのだが、あまり自らすすんでスポーツをしようなどと思ったことはなかった。当時は、若さでなんとかなっていただけということに気がつかず、不調以外はさしたる危機感も感じず過ごしてきた。いや、見て見ぬ振りをしてきたのかもしれない。
身体をつくってこなかったツケが、今現在きているのだろうか。そういう意味では、先生の言ったことはあたっている。
若い頃に身体をつくっておけば、こんなに大変な思いはしなかったかもしれない。皮肉なことに大変な状態になって初めて、真剣に自分の身体と向き合った。
精神的にも身体的にも、たくさんの回り道をしてきた私のこれまでの人生。それでも、私はこれで良かったと思っている。
何故か?
経験してきたことが今現在、活かされていると感じるからだ。もし、順風満帆な人生だったならば、痛みを知ることなく過ごしてきたことだろう。
痛みを知ることが出来たぶん、その過程でたくさんの知識を得ることができたし、たくさんの人と出逢えた。それに、得た知識を使って、自分の言葉で人に伝えることもできる。人に優しくすることもできるし、時にはアドバイスすることもできる。そういった意味で、痛みを経験できたことは、明らかに私の財産になっている。
皆が経験できないような回り道をしたことは、私の宝なのだ。
整体の先生は武道の嗜みのある方だった。だからであろう、呼吸のことを指摘するとき「呼吸は奥義である」とおっしゃっていた。「奥義」であるがゆえに、聞いただけでやすやすと理解できるものではなかったのかもしれない。そのため私には、もう少しの時間が必要だったと思う。
自分自身で体感し、気づき、調べ、動くことが大事だったのだ。そうでないと、自分の言葉で伝えることが出来ないのだ。
この先生と出逢ったのも、タイミングだったのかもしれない。
人生の早い時期に出逢っていたならば、この件について深く考えることも、深く理解することもなかった可能性がある。
そうして、のち私はツインソウルと向かいあうことになった。
ツインソウルの事を書きたくて、このブログを始めた。
それは、私の試行錯誤の体験記でもある。
回り道で体験してきた事がツインソウルと向きあうことに役にたっていると実感する今日この頃だが、これは私たちのことであって、他の誰かに全てが当てはまるとは思っていない。
ツインソウルの体験談は、100組いれば100通り、それぞれだと思う。最終的に行き着く先は、皆同じなのであろうが、そこまでのプロセスは様々なのだ。壁にぶちあたり、あらぬ方向へ行っていたとしても、それも彼らの学び方である。
山登りと同じだ。
頂上を目指すのに、登山道はたくさんある。
どこから、どうやって登るかは人それぞれ。
素直に安全に登山道を登る人・寄り道をする人・道を間違える人・近道をしようとして危険な目に会う人・わざわざ獣道をすすんでいく人・途中でリタイアして再チャレンジを試みる人・・・etc.
だから、私はこのブログで「教えてあげる」というスタンスはとりたくない。何が正しくて何が正しくないか、というのはその人の価値観によるものでもあるのだし、人それぞれのやり方、生き方を尊重したいと思うからだ。それに、色々なことを経験しつつも、未だ教えられる立場でもある以上、私には自分の経験を伝えることしかできない。
だが、思うのだ。
学んできたことを自分の言葉で伝えるのも、また経験したものの勤めではないかと。そういった意味で、私はこのブログを続けている。
私は私の道を進んでいく。
その先にあるものを目指し、道しるべを残しつつ、一歩一歩進んでいく。
でも、回り道の人生からはもう卒業。
あとは、素直に頂上をめざすのみである![]()