自分への挑戦☆【登山再び】 | かのんのお部屋

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日々いろいろ思ったことを☆

二週間ほど前、また山登りに誘われた。

それは、私がずっと登ってみたいと憧れを抱いていた山だった。


昨年の同じ時期に一度お誘いを受けているが、その時は左足首の故障によりあえなく断念。だから、今回のお誘いは何が何でも受けようと思っていた。


だがなのだ。


前回の日記にも書いたが、決してコンディションが良い状態ではなかった。

それを登ろうというのだから、無謀このうえない。


が、私は自分を試してみたかった。

この身体で、どこまで登れるか試してみたかった。


身体の状態はこんななので、出来る限りの準備だけは怠り無くしていこうと思った。


左膝にテーピングを施してもらい、右膝と左足首にサポーターをはき、更にマラソン時に使ったスポーツタイツを装着。このタイツは股関節と膝、ふくらはぎをサポートするタイプのものだ。


さらに、持っている用具の見直しをしていった。

ウェア・ザック・登山靴・靴下・帽子・ストック・・・・もろもろの小物と飲食物。


ひとつひとつ確認しながら、必要なもの必要でないもの、買い揃える必要があるものをピックアップする。


この作業には、マラソンと前回の登山から学んだことを活かした。色々な情報をみききするが、実際に経験してみないとわからない事も多いのかもしれない。


さて、ここまで事前に準備をし、あとひとつやっておきたいと思ったことがあった。


それは、麓の神社への参拝だ。神々様へのご挨拶と道中の安全を祈願しておこうと思ったのだ。山へ入る許可と守護をお願いしたかったのだ。この山は霊山のひとつでもあると私は思っている。だから、そういった意味でも特に失礼のないようにしておきたかったのだ。


当日は、晴れ時々くもり。

暑くもなく寒くもなく、快適な陽気だった。


いくつかあるルートのうち、水場がある唯一のルートのようで、登山道は湿り気をおびマイナスイオンにあふれていた。


何度もこの山へ登られている方曰く、今日はとても快適とのことだった。清涼感あふれ、小鳥の声や山の珍しい植物を見学しながら登っていく。沢の音を間近に聞きなら、山に来たという感覚を身をもって感じていた。


しかし、その余裕もすぐになくなる。


急勾配に連続する障害物(大きな木の根や岩等)、ただでさえ身体がつくられていない状態なのでこれはかなり堪える。


 

 

今回一緒に登山した人達は、私以外に5名。うち2人は、地元の山岳救助隊の面々。残りの3名もあちこちの山を登られた経験のあるベテラン揃いだった。


 

 

初心者同然の私には、この方達についていく事が簡単な事ではなかった。

そのうち、山岳救助隊のお二人が私の様子に気がつく。


「この速さはつらいですか?」との質問に、「少しつらいです」と答える。


 

 

歩幅の広さ・ザックの背負い方・ストックの扱い方・休憩時の休憩の仕方・脈をとっての自己診断法など、様々な山についてのレクチャーを受けるのだが、ひとつひとつが本当に大事なことだとわかるため、ありがたい事この上ないと思った。こういった指導を私は求めていたのだから。


こういう指導は、正しい山の知識が充分にあり実際に慣れた方々でないと無理だ。その上、相手の立場に立てる方でないとつとまらない。いかに山へ何度も登ろうとも、指導ができるような人はなかなかお目にかかれない。初心者に指導をするというのは、簡単な事ではないのだ。

 


 

 

そのうち、私が皆の足並みについていけなくなったので、二手に分かれることになる。救助隊の方1名は、中堅者3名をひきつれて先へ。あとの救助隊1名は私の後ろから私の足並みについていってくださることになる。


私と行動を共にして下さった方は、地元の元消防士であり山岳救助隊を結成する時に、消防署内で尽力された方である。知り合い曰く、有言実行で非常に熱い方なのだそうだ。お話を聞いていると、昔は部下の指導を熱心にする鬼教官だったらしく、なかなかの好人物らしいことがわかる。


体力とともに知識力・指導力・精神力もあるこの方が一緒の登山は心強かった。


この方は、常に私に声がけをして下さった。「ゆっくり、無理のないように」と。私が余裕がありそうなときは、様々な会話をしてコミュニケーションもとって下さっていた。一人孤独に戦う登山、こういった仲間との会話がとても励みになる。一人ではないという安心感も次への一歩の力になる。


遅々とした足取りではあったが、なんとか皆の待つ避難小屋まで到着。

昼食をともにしながら、ふと思ったことがあった。


(確か、頂上には神社の奥宮があったはず・・・)


疑問に思い仲間の一人に尋ねると、「ここから300mほど先にある」とのこと。

山の数百mは、かなりの距離。私はこの時、さらに先へいくことを諦めた。


後から知ったのだが、私の登山の様子をみて、これ以上先に行かせるのは止めておこうと判断したらしい。それは、下山をするための体力を心配してのことだった。初めての登山、頂上へ行かせてあげては?という意見もあったらしいのだが、山岳救助隊の方の判断は止めておいたほうが良いとのことだったようだ。それを、私に知らせずにいてくれたのは、彼らの思いやりだったのだろう。


実はこの山、片道で4~5時間はかかる。アップダウンが激しいため、非常に登るのに時間のかかる山なのだ。しかも下山にもアップダウンがあるため、同じくらいの時間がかかる。既にこの時、お昼すぎ。下山への体力を残しておかないと、陽があるうちに下山できない。だからこその判断だった。


お昼休憩のあと、すぐに下山にかかる。


下山は、上りより膝にくることは前回の登山でわかっていた。

しかも、今回は大きな障害が何箇所も出てくる。全て覚悟の上で下山にのぞんだ。


初めのうちは、皆のスピードについていけたのだが、徐々に岩場が多くなり、障害物が出てくるとそうもいかなくなる。


上りと違って今度は下り。障害物に対する私の目線も下りである。しかもかなりの段差なうえに足の置き場を迷ってしまうほどの岩や木の根株。


 

 

怖さが先にたって躊躇するのだが、先に進まなければ下山はできない。とにかく何が何でも超えようと、無我夢中で先へ先へと進んでいく。


テーピングやサポーターが効いていたらしく、前回のように膝が笑って止まらなくなることはなかったが、膝への衝撃を和らげるために効果的なストックの使い方を再度教えられる。


「もっとストックを信用しなさい」


私のストックの使い方は、ストック自身を信用しきれていないようだった。


登る時も降りる時も、ストックを自分の幅より大きく手前にさし、全体重を乗せる要領で足場を確保していくのだという。


これが、簡単なようで意外に難しい。


それでも、ストックを刺す位置などを教えられながら、何度も繰り返し実践を繰り返すうちに感覚がつかめてきた。


ただ、足場の悪い箇所が連続するところを前に、ついにハーネスを付ける決断がくだされる。今回は大丈夫かと思っていたのだが、現在の私の足の力では危険と思われたのだろう。


山岳救助隊員はいつもハーネスを荷物に準備しているらしく、登りでお世話になった方がハーネスの準備をしてくださった。さらに、もう一人の救助隊員の方が私の荷物を担ぐというサポートをして下さって、私は身一つで降りることだけに専念すればよくなった。


だからといって、障害物を前にすると怖いという感覚は簡単に拭えるものではないし、身軽になってハーネスを付けられていても、自分の力で降りることには変わりはないのだ。


 

 

必死だった。


アドバイスを素直に聞きながら、無我夢中で降りることだけに専念していった。


降りて、降りて、降りて・・・


登りと同じ、5時間にさしかかるところで、無事下山。

もう陽は傾きかけていたが、日暮れ前になんとか山から降りてこれたのだ。


心底、安堵した瞬間であった。


足はかなり筋肉痛になってはいたが、膝の痛みはそれほどではなく、準備がそれなりに効いていたことを感じた。


そしてなりより、どこまでも守られていた事を実感する。人を通して、見えない力が私を全力で守護していてくれたからこそ、無事登山ができたのだろうと。


この登山の後、祈願しにいった神社へお礼参りに行ってきた。
あまりの激しい筋肉痛と虫刺されで病院行きが重なったため、直ぐに参拝に出向けなかった事もあり、また日を改めて再度参拝するつもりでいる。

もちろん、サポートして下さった方々にも、お礼をしたいと思っている。


ここまでこれたのも、見えない力とともにこの方々のご尽力があったからだ。


今回の登山では頂上へ行くことが叶わなかったが、これで良かったと思っている。


今後、根本からの身体づくりをしたのち、再度挑戦してみるつもりだ。そうして、今度こそ自力で登山をしきるのを目標にしたい。その時、初めて頂上へ行きつくことができるだろうと思っている。


大変だったけれだど、今回も学びが多い有意義な登山になったことに感謝をする。

 


そして、学んだことを次回に活かせるよう、努力していこうと思っている。