自分への挑戦☆【マラソン編】 | かのんのお部屋

かのんのお部屋

日々いろいろ思ったことを☆

半年前にフルマラソン参加に大会エントリーした。


いや、正確にはエントリーすることになったと言ったほうが正しい。

友人から「マラソンに出てみない?」というメールをもらったのがきっかけだった。


マラソンのことはあまり詳しくなく、かなり気軽に考えていた私は、友人の言う「6時間40分で完走すればいいんだって♪」という言葉を間に受けていた。それなら、ゆっくりでも走りきることができるかもしれないと思ったのだ。


エントリーして、参加料も支払った後、友人から聞いた言葉に焦りを覚えた。


「8箇所関門があって、そこを時間内にクリアしないと棄権になるんだって」


このままではマズイと本気で思ったのがこのときである。


それから、私のトレーニングが始まった。少し前まで、左足首の不具合と酷暑で遠のいていたウォーキングから始める。走るよりまずは歩くことだろう、と思ったのだ。もっとも、この段階では歩くしかできなかったのだがマラソンに関するサイトをいくつか調べて、私の方法は間違っていないことがわかった。まずは歩くことに慣れてから、歩く→走るを繰り返しす。最初は短い距離から、徐々に距離を伸ばしていき、最終的には長く走れるようにすると書いてあったのだ。これをインターバルトレーニングというのだそうだ。


ウォーキングはそれなりにやって鍛えていたせいか、遠のいていた期間の衰えはすぐに取り戻した。そうなると楽しくなってくる。拍車がかかって、天気が良いと歩いて遠出したくなるようになり、今日はどこへ行こう?と常に考えるようになっていた。気がつけば、6~7km/hで軽く10kmは歩くようになったていた


歩きに慣れたころ、今度は走るトレーニングを開始した。これが、意外に走れない。最初は、300mで息が上がってすぐに歩くという有様。それともうひとつ、やたらとトイレが近くなることを発見。少し走っただけで、尿意を感じるのだ。走ることで全身をゆすることになり、膀胱に刺激が行くためである。ことあるごとに、体力の衰えを感じていたが、こんなところにもそれを感じるとは思ってもみなかった。これが、走ることと筋肉について考えるキッカケになった。身体づくりを意識して、走るということを考える必要がある。40km以上を走るには、それ相応の体力がいる。若いときのように無理が効く身体でないため、ここは重要なポイントだと思った。


走りながらも、ウォーキングは続けていたので、色々と工夫をしてみた。

ザックに5ほどの荷物をいれて負荷をかけてみたり、雨の中歩いてみたり、ひと駅(田舎なので駅間の距離がかなりある)歩いてみたり、普段なら車ですべて済ませそうなところをあえて歩いてみることにしたのだ。


そうこうするうちに、あっという間に2ヶ月がたつ。


昨年の11月~年末にかけて、本業以外である仕事を頼まれていたため、さらに2ヶ月を慌ただしく過ごすことになる。この間、合間をぬってウォーキングをするも、本業以外の仕事疲れのため、思うように身体が動かせない。長距離、身体を動かす時間がとれないでいた。


ようやく時間をとってトレーニングが再開できるようになったのは、年が明けてからだった。この時点で、大会まで3ヶ月をきっている。焦った私は、2ヶ月分の遅れを取り戻そうと、やっきになってトレーニングをした。が、身体が異常を訴える。歩くたびに、両ふくらはぎの外側の筋肉に痛みを感じるのだ。運動するうちに痛みは消えるのだが、どうにも気になる。テーピングをしてトレーニングを続けるか、思い切ってトレーニングを休むか、どちらかの選択に迫られる。


何事も起こらなかったならば、私はきっとトレーニングを続ける選択をしていただろう。


しかしなのだ。おりしも冬真っ只なか、天候不良が続いた。雨も降ったのだが、今年は雪がよく降り積もった。雪が積もると路面がアイスバーンになるところがある。アイスバーンは足をとられるために転びやすく危険だ。実際に、ウォーキングの最中に派手に転んだのでその危険性は身にしみている。歩くのでも危険なのに、走るなんてもってのほか。大会前にして、怪我をすることのほうが怖い。結局、トレーニングを諦めざるを得なかった。


そのまま、2月に入り今度は風邪をひく。これが思いのほか長引き、治ってはぶり返すを繰り返していた。


結局、こんな感じで、しばらく身体が動かせなかった。しかし、それが幸いしたのか、ふくらはぎの痛みはなくなっていた。もしあのまま、無理にトレーニングを続けていたら状況はもっとひどいことになっていたかもしれない。


大会まで1ヶ月をきり、焦りは一段と強くなる。


なぜならば、身体のトラブルでトレーニングを断念していたため、本格的な走り込みができていなかったからである。とりあえず、ウォーキングと軽いランニングをしつつ、大会数週間前にして、友人と一緒にトレーニング。市内にある公園の外周を走るというトレーニングをした。友人と話をしながら走ったのだが、「あれ?」と思いのほか走れることに気がつく。気がつけば、10kmを走っていた。


(もしかして、走れるかも・・・?)

と焦りが、少し自信へと変わった瞬間であった。


このとき初めて、膝ととくに股関節あたりの痛みを感じたテーピングで筋肉を補強しつつ、腰と股関節と膝を補強するタイプのスポーツタイツの購入を考える。実は、このときまでウェアの購入を控えていた。実際に痛みが出てみないと、自分の身体のどこが弱いのかわからなかったため、どのタイプのスポーツタイツを選ぶか迷っていたのだ。安いものではないので、ここは慎重に選びたかったのだ。タイツが決まってからでも、ウェアの購入は遅くないと思った。


さて、さらに数週間が過ぎて、今度は趣味でやっているバンドのライブがあった。いつもとは、異色なステージのうえに、最小メンバーでの編成に、極度の緊張感が私を襲う。本番前日になって、喉の痛みと咳・痰を覚え呼吸がままならない中、病院にかかることに。かわりが効かない状態だったため、どうしても体調を整える必要がある。薬が効いたのか、何とかステージに立て演奏をこなしたものの、ステージ半ばで気力が枯渇していくのがわかった。たかだか30分くらいの演奏だったのだが、こんな状態になるのは初めてだった。


翌週、毎月参加しているウォーキングの会に出かけた時も同じ感覚を覚える。最初のうちはいいのだが、後が続かない感覚だった。いつもなら軽い道のりが遠く感じるだ。明らかに気力がおちていた。


マラソンの本番が近い緊張感と相まって、精神状態はピークに達していたのだと思う。


その後、大会数日前にウェアを身につけての最後の本格的なトレーニング。

とりあえず、10kmは走れることを確認しての大会参加となった。


大会2日前、受付をしに会場へ。

ゼッケン等をもらい、会場の雰囲気を味わい、緊張しながらも気分は高揚。

ここまで来たら、腹をくくって走るしかない。やれるだけやってみようと思った。


受付から帰宅後、ちょっとしたトラブルが私を待っていた。

次の日、そのトラブルが尾をひいたのか最悪の精神状態だった。


普段ならば、トラブル解消にやっきになる私だが、この時ばかりはそれどころではなかった。

風邪の兆候も覚えたため、明日の大会へ向けて大事をとって身体を休めることに専念する。


なんとか体調を持ち直し、大会当日。


友人と待ち合わせた電車で会場入りするはずが、別々の電車で行くことになる。

最後までバタバタしてしまったなぁ・・・と思いつつ、会場で友人と出逢い事なきを得る。


スタート地点には既にたくさんの出場選手がスタンバイしていた。

約1万5千人の選手達は、年格好も様々。中には76歳というご高齢の女性もいらした。


ストレッチをしながらスタートをまつ。


特設ステージからの選手へ向けての激励メッセージに、いやがおうにも気分は高揚。

私の中で気持ちが、「走る」ということに集中していくのを感じる。


何も考えずに、とにかく走ろうと思った。


スタートがきられた。


スタート地点からスタートゲートまでは距離があるため、ここを20分以内に走りきらないとこの時点で棄権になる。


大勢の人達とともに、無事スタートゲートを通過。


沿道にはたくさんの人達が応援にきてくれている。

その応援を耳にしながら、走っていた。


スタート直後、一緒に走っていた友人の靴の紐がほどける。

ここで、自然と友人とは別々で走ることになった。


10kmを走ったころ、同じく開催されていたハーフマラソンの団体が併走するかたちになる。ハーフマラソンのゴール地点まで、約10kmは一緒のコースなのだ。


15kmを走ったころから、少しずつ走りづらさを感じていた。

今まで走ったことのない未知の世界に入ったからと言うこともあったが、何よりも自分のペースが取りづらい感覚。たぶん、ハーフマラソンの方々との並走によって、自分のペースが保ちづらかったのだと思う。


20kmあたりで、一気に視界がひらけてくる。

ハーフマラソンの方々がゴールへむかって、コースから外れていったからだった。


半分の折り返しあたりで、股関節と膝に痛みを覚えるようになっていた。

それでも、まだ余力はある。


このあたりの給水ポイントで、はぐれていた友人と偶然にも出逢う。


ゴールするまで出逢えないと思っていたため、一気に気分が高揚して走りに気合いが入った。

「ランナーズハイ」になっていたのかもしれない。


しばらく友人とお互いの状態を確認しつつ、並走する。


25kmほど走ったあたりで、友人のペースが自分にあわないことに気がつく。


ここから、また別々に走ることに。


マラソンは、自分のペースをいかに保つかが大事なんだ・・・と実感する。


集団で走っているが、あくまでも「個人」の競技なのだ。


どこまでも、自己との戦いだと思った。


この頃から、あちこちでストレッチをしたり、エアサロンパスをかけたりして、筋肉をほぐす選手達の姿を目にするようになる。


私は、痛みはあるものの、そこまでしなくても走れる感じだった。


とにかく少しでも前へ前へ。


関門閉鎖の時間を気にしながら、ひたすら前に進むことだけを考えていた。決して速いペースではなかった私は、関門を突破できずに棄権になっていく人達を目の当たりにすることになる。一生懸命ここまで走ってきて、棄権になることがどれだけ辛いことか・・・!


自分の走りを無駄にしたくない。


その思いが、私を前につき動かす原動力にもなっていた。


この頃には、歩くことが多くなってくるも、ひたすら前へ進んでいた。


歩いては走り、歩いては走りを続けていくうちに、気がつけば最後の関門を無事突破。


あとは、残された時間内にゴールに向かって走りきるだけになった。


あと1kmというところになって、ついにゴール地点が見えてくる。


「ここまで来た!走りきってきた!!」 という達成感がふつふつと湧いてくる。


スタートをきった会場に足を踏み入れてから、最後の力をふりしぼってゴールゲートまで走る。


ゴール。やった!!時間内にゴールできた!!!


フルマラソンをゴールした、達成感が胸にわきおこってきた。

それとともに充実感をかみしめる。


やり遂げたという感覚は、私に大きな自信をもたらしてくれた。


やれば出来るんだ。


数年前まで、自己否定感が強かった私。

決して運動が得意ではなく、マラソンが一番嫌いだった私。


その私が、フルマラソンを完走したのだ。

それが、不思議であり誇らしくもあった。


友人も無事、完走。お互いを称え合った。


自分への挑戦、見事クリア。

この調子でクリア出来ることを増やしていきたい、と思っている。