ツインソウルとの出逢いにより自分の中で様々な変化があったが、中でも一番の変化がある。それは、「足るを知る」感覚だ。
あまり、欲張らなくなったといったほうがわかり易いだろうか。全てにおいて、必要なものを自分が必要とする分だけ求めるようになった感じだ。
食材なども、スーパーの安売りでいらないものまで大量に買って溜め込むタイプだった私だが、買うときに今、必要か?必要でないか?と確認しながら買うようになった。おかげで、無駄遣いが減ったように思う。
あるもので何とかしよう、それで充分という感覚が沸き起こってきた。もちろん、まったく余分なものを求めないかと言ったらそうではない。自分にとって心地よいものやちょっと贅沢かな?と思うものも、自分自身が本当に欲するときに求める。欲しくもないのに、只なんとなく求めるということがなくなってきたのだ。
それと同時に身体の感覚も変わってきている。
なんというのだろうか、全体的に「中心に向かっている」感覚。身体のバランスだけでなく、意識全体が中心に向かっているのだ。中庸という生き方になってきているのを感じるのだ。
中庸とは、「過不足なく偏りのない」状態のことを言うらしい。
仏教用語に「中道」というものがあるが、これとほぼ似たような感覚だろう。
私は、ツインソウルと向きあう中で、太極図のようなバランスを意識させられた。
それは、全てにおいてバランスを求められていると感じた。自分自身の男性性と女性性。依存状態の心から自立の心へのバランス。思考と身体。ほかにもあるのだが、これらは単独で意識したわけではなく、それぞれに密接に絡み合って意識したと言ったほうが良い。彼と向きあうことで、全て意識せざるを得ない感じになるのである。
ツインソウルと出逢ってしばらくして、ある本のことが私の周りで話題になった。その本とは、千賀一生氏が書かれた「ガイアの法則」という本だった。この本が、当時の仲間の間で話題になっていたのだ。なかなか興味深いこの本の著者は、先に「タオ・コード」と言う本を世に出していた。少し前に、この本も仲間内で話題になっていて興味をひかれていた。当時、「愛」について学び始めたばかりだった私は、この本を読んで「これだ!」という感覚をもつ。私が学ぶのは、これだと。タオという言葉を意識しだしたのもこの頃から。こういう生き方が一番理想なんだろう・・・という感覚が、タオであり、中庸であり、中道なのだろうという感覚をもったのだ。
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私には、ヨガを教えてくれる同年代の先生がいるのだが、この方の生き方がタオの生き方そのもの。この先生は、若い頃からこの生き方があたりまえで、いつも中庸を生きてきていた。そのせいかどうかわからないが、本物のお坊さんから悟っていると言われるほど。
先生は以前、哲学全書なるものを読んでみたことがあるらしい。ちなみに、先生はこの手の本はこの時まで一切読んだことがなかったそうだ。この本は、古今東西の有名な哲学者を紹介しながらその哲学を説明する本だったそうだ。その本を読んで、「当たり前のことが書いてある」と思ったというから私は驚いた。人は元来弱い生き物であるが故に、様々なことで迷って苦しんで辛い思いをする。その迷いや苦しみなどから、どうすれば幸せに生きられるか?と様々に考えぬいたのが哲学というものだと私は思っている。その様々に考えぬいた哲学をもってして「当たり前」と思えるとは、その精神たるや、「中庸」そのもの。すごいと思った。面白いことに、この本を手にとった先生が最初に開いた頁が「中庸」の頁だったというから、さらに驚きである。どこまでも「中庸」な人なんだ・・・と思った。
この先生と話しをしていると、自分の考えがすっと中心に戻ってくるのを感じる。どんな悩みを抱えて話しても、最終的には「何をそんなに悩んでるんだろう?」と思えてくる。先生の生き方そのものが、私にそれを意識させるのだ。
最初のうちは、先生に驚嘆することしきりだったが、ツインソウルとの関係性から私自身が学び、自分自身を取り戻すことになり、先生は視点がタオの状態なのだと体感するにいたった。
タオの視点から物事を見ると、バランスがとれてない様が一目瞭然にわかる。バランスがとれてない物事にやきもきする、バランスのとれていない人達。それが、人間同士の溝になりトラブルになる。高い視点から物事をみているから、悩みの根本的な原因がすぐにわかるのだ。物事の本質が見えているといった感じだ。
この先生とは知り合って10年ほど、ヨガを習って7年ほどになるが、最初の頃は普通に話すのに自分自身が苦労していた。意識しないと話せない人だったのだ。近くにいるのに遠い人と言ったらわかるだろうか。どちらかというと、身構えてしまう人だったのだが、その感覚があるときから減っていき、最近では全くと言っていいほど感じなくなった。その感覚が顕著になってきたのは、自分自身を取り戻し始めた頃からだった。私自身の感覚から思うに、これは、ツインソウルとの関係性により私自身が中庸の状態に近づいてきた為だと思われる。波長があってきたとも言うのだろうか。
今では、この先生が疑問に思うことを、私が応えるようになってきている。
先生は、ずっと「中庸」の生き方をされてきたためだろうか、それが当たり前であり「中庸」でない生き方をされる人の感覚がわからないらしい。だから、どうしてそんな考えになるのかを、私が説明するかたちになるのだ。私は、ながらく「中庸」でない生き方をしてきたため、そういった生き方しかできない方の気持ちが手に取るように理解できるのだ。
私が本当にこの境地にいたるまでに、最終的に超えなければならない壁が身体を通しても心を通してもみえてきている。それは、真の自分自身へ到達するために必要な関門なのだ。
だから、諦めないでその壁を乗り越えようと思う。
