心遣い | かのんのお部屋

かのんのお部屋

日々いろいろ思ったことを☆

心遣いというのはとてもむずかしいと思う。




嫌なものがあったとしよう。




これをストレートに「嫌、いらない」と言う人と、やんわりと嫌なのでお断りをする人、嫌でも受け入れてしまう人、いろいろといると思う。




自分の中で嫌という判断がでている場合、断るのが筋だろう。

嫌なのに受け入れるのは、自尊心がなさすぎる行動だ。




ならば、「嫌」とストレートに言ってしまえば事はすむかというと、そうでもないと思う。ストレートに言われて、嬉しい場合と嬉しくない場合がある。ポジティブな物事ならばストレートなのは嬉しい事だが、ネガティブな物事だとストレートは、却って相手を傷つけることもある。




ストレートな気持ちは、ある意味素直ともとれるだろう。


素直は大事なことだと思う。




でも、だからといって子供のように素直に言いすぎてしまうのは、大人のすることではないと私は思うのだがどうだろう?




相手本位の考え方ができないと、ただの自己中になってしまう。




これを言ったら、これをやったら、相手はどう思うだろうか?という、相手の気持ちを推し量る気持ち、相手の立場に立って考える気持ち、それこそが、相手を思いやることであり、心遣いだと私は思う。思いやりや心遣いは、言ってできるものではない。自分から「したい!」という自発的なものがなければ、無理なことなのだ。




私は、これをサービス業から学んだ。



サービス業というのは、心遣いそのものをお客様に提供する仕事だと思う。

初めのうちは、この心遣いがピントはずれで、先輩に叱られてばかりだった。




なぜピントはずれになるかというと、相手の立場にたってものを考えてなかったからだ。自分の考えの押しつけを、「サービス」と称して相手にしていただけだったのだ。独りよがりもいいところである。




相手の立場にたってものを考えるというのは、常日頃から相手のことをよく観察していないとできないこと。これは人に興味がないと出来ない。これを、相対したお客様全てに自然と素早くできる、サービス業の方々はすごいと思うのだ。




私は、ツインソウルに出逢うまで、正直これが出来ずに苦しんでいた。が、彼と向き合う中で、相手を理解することを学ばされ、相手の立場にたってものをみる訓練をさせられた。そうしたらば、いつの間にかこれが自然とできるようになったのである。




世の中にモテない人というのが男性にも女性にもいると思うが、それは相手への「思いやり」「心遣い」ができてない人が、これに多くあてはまるのも気のせいではなかろう。げんに私は、心遣いができるようになってから、老若男女問わず好かれるようになった。


昔の私は、心遣いをしているつもりで、自分の我を押し付けていたり、相手の顔色をみて嫌われないように気をまわしすぎていただけだった。だから、私のことを理解してくれる一部の人としか上手く接することができず、モテることもなかったのだろう。




心遣いというのは、これとは根本的に違う。




相手の立場にたって物を考え、相手の先を読み行動し、快くなってもらおうとすること。これは、想像力である。常にこの精神で動けなければ、心遣いということはできないのだ。




サービス業というのは、これができてあたりまえの世界であり、これができないとお客様の心をつかむことができない。想像力の有無がサービスの出来る出来ないを明確に分けるのだ。




私は、「究極のサービス業」というのがあると思っている。

それは、公務員という職種だ。




国や地方にお給料の保証をしてもらうことと引換に、国民や市民に日夜サービスをする重大な職業なのだと思うのであるが、実態はどうであろう?サービスをするという感覚が希薄になっていると感じるのは私だけだろうか。マニュアルどうりにしか動けず、主体性がなく事勿れ主義で、与えられた仕事しかできない方が多い。しかし、もらうものだけはしっかりともらう。




公務員の甘えを助長する一つの要因として、公的に給料の保証がされているというところもあるのではないかと思っている。頑張って仕事をしてもしなくても、それなりのお給料はいただける。だったらば、なるべく当たり障りのない状態で仕事をして、たくさんの手当をもらいたい。その方が、得だからだ。頑張らずして得をする考え方が育っていってもおかしくない。だから、仕事に対する危機意識というのが育ちにくい。危機意識があれば、自分自身ないしは仕事仲間同士でなんとかしようと思うだろう。が、そうでない方が残念ながら多いのだ。嘆かわしいかぎりである。国民や市民の声を聞いているようで、まるで聞いていないように思える公的機関を見るに付け、サービスのなんたるかがまるで分かってないなと感じる。まさしく、マニュアルどうりにしか動けないのだ。




中には、頑張ってらっしゃる方も少数ながらいる。危機意識をもって色々な取り込みをされている方もいる。そういう方には、こちらからもなるべく応援をしたいと思うし、頑張ってもらいたい。そして、国民や市民に真のサービスが行き渡るように尽力願いたい。そういう方にこそ、公的な保証がされたお給料を心から差し上げたいと思うのである。




想像力が欠如している人は、サービス業の世界では使い物にならないと言われる。しかも、それはどうにもならないとまで思われている。



本当にどうにもならないのか?


私は、そうではないと思う。

私のように克服することは可能だ。


その一番の方法が、恋愛ではないかと私の経験から思う。

しかも、本気の恋愛でないと意味がない。心から相手に恋をし、愛に発展させていく恋愛だ。相手を本気で好きであるがゆえに、本気で相手を理解しようとする心が働くのだ。相手が何を必要としているのか考え、相手のために行動をおこし、心遣いを学んでいくのだ。




たくさんの人に心遣いを学んで欲しいと思う。

そして、それをたくさんの人に与えてあげて欲しいと思う。

そうすれば、世の中うまくまわる気がするのだが、いかがだろうか?