私達は生まれたときから、向上心とか、今よりもっと上を目指すことがいいことだと教えられてきました。なので、多くのひとが努力をして、さらに「上」を目指すことが美徳だと思っています。そして、あまり「上」を目指したいという欲をもっていないと、自分はおかしいのな?と、自分を疑うような人もいます。
しかし、ここで考えて欲しいのが、「上」っていうのは、いったい何のことだ、ということです。どの方向が「上」なのでしょうか?あなたが思う「上」とは、他人が作った価値基準を採用していないでしょうか?人はそれぞれなので、人によって目指すべきものは違うと思います。なので、もちろん、「上」という方向も、人それぞれ違って当然です。
たとえば、相撲取りにとったら、強くなろうと体重を増やすことは、向上心の現れだと思います。体重を増やすことが、その人にとっての「上」だということです。しかし、モデルにとったら、体重を減らし、スラッとした体型をキープすることが、向上心ということになります。体重を減らすことが、その人にとって「上」だということです。
このように、何が「上」なのかということは、人によってそれぞれなので、みんなが同じ方向を目指しているということは、ものすごく不自然なことだと思います。
向上心を持つべきという刷り込みをされている
にも関わらず、多くの人が、同じような夢や目標を、自分オリジナルの夢や目標のように語っているのを、よく耳にします。しかし、その人達が語っているのは、自分が本当にやりたいことではありません。なぜなら、自分が心から成し遂げたい夢や目標なら、もうとっくに行動し始めているからです。
では、なぜ、その人達は、自分が心から望んでいないことを目指していると言うのでしょうか?それは、私達が小さい時から刷り込まれてきた「向上心を持つべきだ」という考え方が原因だと思います。
むやみに、向上心を持つべきだ、と教えられてきているから、やりたいことが分からない自分を責めてしまう人が、後を絶たないのだと思います。そして、とりあえずの目標を作ってしまい、それを目指して頑張っているというポーズを取ってしまうのです。
他人の価値基準の中で「上」を目指してしまう
多くの人は、自分がやりたいことが分からないのに、とにかく「上」に行かなくてはいけない、というプレッシャーだけはかけられています。しかし、そんな状態では、どの方向が「上」なのかが分かりません。
だから、他人の作った価値基準を使い、その中で上に行くことを目指してしまうのです。結果、いい学校に行きたいとか、いい会社に入りたいとか、お金持ちになりたいなどといった、とりあえずの目標を設定してしまうのです。
それは、自分が本来やりたいことではないので、その中で「上」に行くモチベーションなんか湧いてくるわけがありません。そして、やる気のない自分を責める人も出てくるのです。
自分の生きたい方向に行くだけ
ということで、私が言いたいことは、上に行こうが、下に行こうが関係ないということです。上も下もないのです。ただ、自分が行きたい方向、自分が好きな方向に行けばいいだけなのです。他人からしたら、下に行っているように見えても、あなたがそちらの方向に行きたいのであれば、それは、あなたにとっての「上」だということです。
「向上心」などといった言葉に惑わされて、自分が好きでもない夢や目標を決めてはいけません。もし、あなたが今、夢や目標はあるけど、それに向けての行動をしていないのなら、それは、誰かの価値基準の中に入れられているのかもしれません。
そうだとしたら、今の夢や目標を今すぐ捨てて、まずは、夢や目標がない自分を認めることから始めて欲しいと思います。そして、自分の行きたい方向をしっかりと定めていきましょう。


