わたくし、お正月はいつも三が日に休みを取っております。
けれど、今年は2日間お正月に仕事を入れて正月のおめでたい気持ちなど風に流して働いておりました。そんな訳で今日の土曜の休みは連休となって待ちに待った日であります。
元日のお正月気分を再び味わおうと思っていた次第です。
というのも、昨年に遠距離の彼女と御守りを贈り合ったりなんか致しまして、今年もよろしくということで自分は彼女の御守りを頂きにいくのにこの日が最高の日と踏んでおりました。
頂きに行く神社はいつも近くの八幡様。
そんなに名の知れた神社でもありませんが三が日となるとなかなかの数の人がやって来て授与所の巫女さん達もどうぞお納めくださいとばかりに大忙しです。
ところが、この度はあることを思い付きました。
年末の仕事帰りに立ち寄った本屋で、偶然見掛けた寅さんのことばという本。
読書など嗜まない自分が頁を開いてみますと年末で気持ちが昂っているせいか何だか気になって仕方がありません。
年末は連休で時間も持ち合わせているとなればこれはもう運命とばかりに本を手に取り、読書が大好きであろうレジの女の子に野口英世と百円玉を気持ちよく納めたのであります。
休みに入りますと買った本を意気揚々と開き、寅さんのことばに頭を奮わせ寅さんの写真を眺めては今こそ兄貴に会いたいなとジンジンさせられておりました。
とは言うものの、これまで寅さんの映画はテレビで何本か見た程度で、自由気儘な寅さんが望郷の念に駆られてはふらっと実家の団子屋に帰り、周りを巻き込んで大騒動となりまたふらっと旅に出る。
そのくらいしか覚えておりません。
本の前書きには寅さんが何者であるか、筆者が語ってくれています。
相手の幸せを願って行動するのが寅さん。
自分さえ良ければではなく、相手が幸せならば自分はそれでいい。
決して立場や身分で人を見ず、懸命に生きているのか、自分に素直に生きているのかで人を見る。
そんな寅さんから人の何たるかを教えられる昨今は、体の内側から宇宙に向かってマイナスイオンを発するかの如く気持ちの良いものであります。
そこで閃いたのが寅さんの地元、柴又の帝釈天に彼女へ贈る御守りを頂きに行くこと。
それを思い付いてから今日のその日までワクワクしながら仕事をして参りました。
出掛けようと空を見上げると気持ちの良い澄んだ冬空。青空にフランスパンの形をした白と銀鼠の雲は気持ちが穏やかになると同時に年末年始の昂りもいっそう上がって参ります。
自分の家から柴又はそう遠くはないと踏んでおりましたが調べてみると思いの外近く、柴又の駅に着いてからも帝釈天までの参道が迷う事なく行けるような町並みになっているのは寅さんの鼓動が脈々とこの町に根付いているからに他なりません。
三が日は過ぎたものの人出は多く新年のお参りに来る皆様も老若男女東西南北様々で帝釈天までの道をじっくりと見物しながらとまでにはいきませんでしたが、駅を出てすぐに賑わいのある出店や趣のある商店が参道の両側に建ち並び、石畳と絶妙の道幅でここにある気持ちを温かくさせてもらいながら帝釈天まで導かれました。
境内では御堂に上がる事もできたので上がる手前でもらった手さげのビニール袋に靴を入れて、今ここにいる瞬間の歓喜を足の裏に巡らせ渡り廊下を歩いて行くと御坊さんが題目を上げておられ堂内に尊厳と響き渡っておりました。
その一番奥に本尊が安置されておりました。お賽銭を置き禍から彼女を守ってくれるように、自分と彼女が二人で一緒に幸せになれるようにと願いを込めて合掌。
今日ここに来れたことに感謝をし御堂を後にしました。
そして、帰りには大事な御守りを頂いて門を出る前にもう一度帝釈堂と青い空を目に映して帝釈天を後にしました。
帰りにはせっかく柴又に来たのならと寅さんでお馴染みの団子屋に立ち寄り、草団子と焼き団子を買いました。
出来立てのお団子を参道で食べる人も多い中、自分は直ぐに食べる事なく後にします。
それには帝釈天に御守りを頂きに行く繋がりでもう一つ、今日はあることをしようと名案を思い付いていたからです。
それというのは……