帝釈天に御守りを頂きに行く事ともう一つ、今日はあることをしようと名案を思い付いていたからです。
それというのは寅さんの映画を見に行くことに他なりません。

発端は帝釈天に御守りを頂きに行こうと思い付いた理由と同じく偶然本屋で見掛けた寅さんのことばという本。その本を捲っていますと自分よりも他人の幸せに一生懸命な寅さんに会いたいという気持ちが沸々と湧いてくるのであります。

寅さんに会いたい

こめかみが熱くなり、そう思った途端に上映中の映画、お帰り 寅さんを見に行こう、寅さんに会いに行こうと息を吐いて吸う間も無く興奮しながら即決しておりました。
帰りの柴又駅前の広場でもう一度寅さんの像を見て

今度来るときは彼女と一緒に来よう
今日はここに来れて本当に良かった
寅さんもこの景色を見て色々な所に旅立っては帰って来たんだろうな

そんな思いを浮かべて全身にポカポカと充足感が滾りながら電車を乗り継ぎ地元の映画館を目指しました。

映画館の場所はいつも利用しているモールの一角。
比較的人の少ないいつものソファーのある所に行って映画が始まるまで一休み。
その間、頂いてきた自分用の御守りを紫色のバッグに付けては上出来とばかりに写真を撮りました。
頂いた御守りは黄金色。熟した山葡萄の様な紫色には実に良く合っております。
清少納言は枕草子の中で

すべて何も何も、紫なるものはめでたくこそあれ。花も糸も紙も。

と紫色のものはどんなものでも素敵でしょうと絶賛しておりました。
今年持ち歩くバッグには紫色に黄金色が加わりまして清少納言も羨むだろうと一人満足げに思いを巡らせ今年も大変お世話になろうと感謝致しました。

それから、映画が始まる時間になりますと帝釈天の参道で買ったお団子を食べながら寅さんを見ようと思っておりました。
自分ながらに粋だねこの野郎、今日の自分はやることが一味違うねと余裕を持ちまして敢えて近くに誰もいない前方の席に座り、先程彼女とLINEでやり取りした事を思い出すのであります。

おだんご食べる時のパックの音しないの?気をつけてね

言われてみればそうでした。自分は映画が始まる前に食べやすい様にバッグの上に団子の入ったパックを置き、カチャカチャと音を立てずに食べられる様に蓋を開けておきました。

本編前の広告が始まりますとお腹が空いていた事もあり串から団子を滑らせ一つずつ頬張ります。
ところが、思ったよりも広告が長くなかなか寅さんが始まりません。
このままでは寅さんを見る前に団子全部食べちゃって間が悪いと思い一旦食べるのをやめました。

その時、ふと思いました。
寅さん縁の団子を食べながら寅さんを見られる幸せ。
ああ、こんな幸せは誰かに分けてあげないと。
そうは言っても見ず知らずの人に団子を渡す訳にもいきません。
何より席の近くには誰もおりません。となれば思い付いたのは、そうだこの団子は寅さんの分ってことでいいんじゃないか。そうしたら、渥美さんが隣の席にやって来て一緒に映画を見れたりしてこりゃいいと又々笑みを浮かべたのであります。

映画の中では色々な人が寅さんの事を回想するシーンがあります。そこで語られる寅さんの言葉は、紛れもなく年末に何気なく手にとって読んでいたあの本に語られていた言葉であります。それが今はこうしてあの四角い顔で寅さんの頭の中から声になって語ってくれている事がとても嬉しいのです。
今まで寅さんの映画を涙して見ることはお恥ずかしいことにありませんでしたが、今日の映画では涙が溢れることが何度かありました。

映画が終わって歩いて帰る途中、彼女にLINEを送りました。

夜ご飯買って帰ろうと思ったけど入ったことないラーメン屋が目に留まってそこで食べる事にした

すると彼女は

今日は1日楽しそう

でも、自分の中にある気持ちは楽しいのとは違いまた格別で、何だか何だかであります。

映画の中で寅さんがいた風景は、今日自分が見てきた風景。
そんなことも今日あったことが全て必然で繋がっていて、自分に何かを教えてくれているような気がして、何か大きく温かいものが自分を丸ごと包んでくれている居心地の良い一日でありました。

それを彼女に送りました

楽しいというより何だかね
何だか前から決められていた様に時間が流れて
何か意味を考えさせられる
厚い日だった

そんな事を送るといつもの調子で

わぁ
またわからない表現 笑っ

自分は

そうだろ
自分でも何でこんなにビリビリ感じているのかわからないから笑

彼女は

帝釈天に行ったからだね
たぶん

そんなやり取りをしまして家に帰りこのブログを書き始めることと相成りました。

お帰り寅さんは男はつらいよ作品の50作目でありますが奇しくもこのブログも50投稿目であります。
どこまでも縁があるものと浮かれたところで、50という数を今日からわたくしのラッキーナンバーと拝借致します。

令和最初のお正月、山田洋次監督が50年かけて作った映画を自分はこんな風に見る事ができて幸せでありました。

きっと誰よりも幸せに見れたんだろう。
そんな気がしてなりません。

さて、まっさらな令和が始まりました。