雑談 第一印象が良い印象?!
昨日は昼で仕事が一区切りついたので早退を決意。家に帰って寝ていました。よってブログアップ出来ず(^。^;)。ま、良き眠りを得ましたよ。良すぎたのか夜中23:00に目が覚めて、そこからは今度は暫く眠れず。仕方ないのでバリカンで髪切ったり掃除したりしていました。(笑) 今日?! うん、もぉほぼ全快です。天気もいつの間にか良くなってますね。バイクだバイクぅ~!!って気分です。んで本題行きましょ。今回はサルサに限定しない話かな?! 曲の第一印象についてです。私が常日頃なかなかに良いと思っている、とあるDJさんが居るのですが彼はかなりのカバー曲好き。特に70s~80s半ばくらいのアメリカン・ポップスのサルサ・カバーをよく掛けます。偶にならいいのですがかなりの頻度で掛けられている時期もあり、そう立て続けだと飽きる訳ですね。当時はまだイベントなんてそんなに人が集まらない時期、それ程喧騒のないDJブースにて進言した事があります。「カバーじゃないのも掛けて下さいよぉ~」 でも彼は頑なでしたね。「サルサ自体殆どが何かの曲のカバーですよ?!」 うーーーん、厳密にはそーなのかも知れないけどさぁ。。(^。^;) そーゆーこっちゃなくてさぁ。。そして最近は更に進化?! サルサ大ヒット曲の、そのまたカバーのサルサ曲を頻繁に掛けるようになって来ているのです。私だってそれが例えばサルサ→バチャータとかならそれ程色々思いません。(例 Peligroso amor/ Ray Sepulveda、/Leslie Grace) いやもとい、そのカバー曲が更に良ければ、それこそ歓迎でさえもあると思うのです。でも”サルサの大ヒット曲”って元々良いから”大ヒット”な訳。そのカバーが同程度、いや、原曲を上回る出来である事ってどれくらいありますかね?! 私はよっぽど希少なのではなんて思っちゃう。そう、原曲の方が、概ね”圧倒的”に良い事が多いと私は感じてしまうのですよ。で私、またしても彼に余計な事言っちゃったんですね。「原曲も掛けて下さいよ」その時の彼の返しは、その後私に更なる問題提起を投げかけるものとなりました。「もぉ原曲なんて皆飽きちゃったじゃない?!」 まず彼に申し上げたかった。例えどんなにヒット曲でも特定の”サルサ曲”を聞き飽きる人間など、恐らくサルサDJくらいしかいないのではないでしょうか。例えば会社のカラオケで”天城越え”のヒップホップ・ヴァージョン(そんなもんないでしょう(^。^;))を誰かが歌う。恐らく合わないよねあのメロディーにヒップホップ(笑)。よって皆盛り上がるどころか目が点点点、、「ええっと、、変わったの謳うねぇ」なんて終わってから水を向けたらその人が返す訳です。「だって皆演歌ヴァージョンは飽きたでしょ?!」 相当な演歌ファンでも「んな事ねーよ!」って言いたくなりません!? 確かに演歌ファンでなくても知っているくらいの名曲ですが、本当のマニア中のマニアじゃなければ飽きては居ないでしょう。特にサルサの名曲なんて天城越えと違い普段の生活で聞く事ほぼ皆無でしょう。(ラジオ、TV、店の有線) なぜ”皆”「飽きている」と思った?! よっぽど自分の思考範囲外はこの世にないと思っている人じゃないと、そんな結論には至らないと思うのだが。。ま、今私が言いたいのはこのような違和感の話ではなくて、要するに名原曲を超えるカバー曲はそーは無い、という事です。でした。でしたのですが。。。実は私の、サルサで二番目に好きなのではないかという曲でTu No Le Amas, le Temesという曲があります。歌手はN'Klave。そう、私ずっと知らなかったのですがこれは原曲はLuis Enriqueなんですね。でも私はこのカバーの方が好き。何ともポップな感じがいいなぁって。。でも原曲が何かを知っている人はほぼ全員が口を揃えます。「原曲の方が断然いい!」これは私に自分の考えを見つめ直す機会を与えました。私がカバー曲を聞くにつけ脳裏によぎる”原曲の方がいいのに”の想い、もしかすると雛鳥が最初に見たモノを母親だと思うみたいな事なのでは無いだろうか。もし私が先にLuis Enrique版を聞いていたら、それでもN'Klabe版を「こっちの方がいい」なんて言うだろうか。もとい、原曲を知っているという事からの知的英雄症候群的発想から「原曲の方が良いに決まっている」なんて、恥ずかしくも言い出してなんてしやしないだろうか。。審美眼(審美耳)を持つ努力を掛けてその作曲・編曲技術を公正にジャッジしただろうか。私は自分に自信はありません。。私は思う。人間も雛と同じく最初に出会って「良い」と思った物は、後続で知る類似のモノへの判断に多かれ少なかれ影響が出るのではないだろうか。最初のバージョンが好きになる、そしてそれ以降に知った類似はよほどの差が無い限り前を超えた評価にはならないのかも知れません。単にその違いを「ちょっと悪い他バージョン」と感る傾向なのかも、、と思ったりするのです。ここ数年で私は自分の中にある、こんな事に気づき始めて来ているのです。でこの前。GTで踊っている時に「この曲DJがちょっとテンポ遅くしているな」と感じる時がありました。恐らく原曲だと早すぎてかけられない、でも楽曲としては捨て切れない良さがある、という所からの判断・実施でしょう。正直申し上げる。私はその細工キライ(笑) 期待していたテンポでないので、自分の中での踊りのイメージ作りが微妙にずれてしまうのです。で・も・ネ! もしかすると私が原曲を知っているからってだけの違和感なのかも知れません。遅いテンポを先に聞いていたら「遅い方が圧倒的にいいヂャン」なんて平気でノタマウかも知れない?! そんな事を思って気を取り直しました。相手に”オメェの考えが世界のすべてじゃねぇ!”なんて提唱する以上”オレの考えも世界のすべてじゃねぇ”を思い知らないといけない。うん、私ちょっと成長したのかなぁ(笑)psでも”名曲中の名曲”は作曲者・編曲者が「この曲はこのイメージで、なのでテンポはこれくらいで」とやっていると思う。よってなんだったらなるべく原曲テンポをいじらないで欲しいなんて思う私です。そのためには泣く泣く捨てる時もあるでしょうし、なんだったらゆっくり曲→ハイスピード名曲→バチャータなんて姑息な手段とか?!(笑)やって欲しいかなぁなんて思ってみたりしています。