再稼働ありきのストレステストに安全診断。
結局、従来の安全基準のハードルを上げて、それをクリアしているから安全だという。
人が決めた、その安全基準を上回る「想定外」の地震と津波が
福島原発の現状をもたらしたのではなかったのか?
今後、自然が、その新しい人の想定を超えないという保証など何もない。
結局、何も変わってはいないのだ。
本質的な検証も有効な新しい対策も、何もないまま原発を動かし続けようという事だ。
3.11から何を学んだのか?こんな事では犠牲者は浮かばれない。
1000年に一度の震災というが、確率の問題で、それが明日再び来ないとは誰にも言えない。
どんな理屈を付けたところで、原子力発電所は人の作ったものだ。
人の作ったものに完璧などあり得ない。
科学の粋を集めたスペースシャトルだって、2度も死亡事故を起こしたのだ。
どれだけ工夫をしようが、原発だけが例外と誰が言えるだろうか?
問題は「放射線」だ。人に有害な事は分かっているが、本当に詳しくは分かっていない。
放射性物質は計器で測定しなければ存在が分からない。
ひとたび自然界にばらまかれれば、どこでどう振る舞うかわからない。
だから急に、お茶だ、シイタケだと、意外なところに集まって出てきたりする。
そして、放射能を根本的に除去する手段を、人間は持っていない。
セシウムで半減期は30年、先は長い。
個人的には、少なくとも放射能を無力化できる技術でも開発されない限り
原子力を「安全」とは言えない、実用に供するべきではないと思う。
単純に「消せない火は使うな」という、しごく当り前な理屈だ。
例えば火力発電所が被災したとする。無論、被害は出るが、事態を収拾する手段はあるし
極端な話、燃料が燃え尽きれば自然に安定した状況に収束して行く。被害は限定的だ。
しかし原子力は原子炉そのものはもちろん、燃料も、使用済み燃料も、冷却し続ける必要がある。
皮肉な事に、発電所が電源を失い、冷却機能を失えば、ただちに危険な状況に陥り
放射性物質が漏れ出せば、その被害を防ぐ手段は、事実上何もないのだ。
「それでは電力が不足する」という。だから何なのだ?
優先順位を考えて、今ある電力をやりくりして、足りない電力は別の手段を考えるなり
最終的には、無いものは使えないで仕方が無いのではないか。
これは経済の問題に似ている。収入が足りないのに、それに見合わない豊かな生活をするのは無理だ。
無いものは無いと、我慢するのは当たり前の事ではないのか。
生活レベルを維持しようとすれば、「借金」を重ねて、子々孫々に大きな負の遺産を押し付ける事になる。
日本の国の財政状況にも似ている。行政の先送りの思考原理は同じなのだ。
事実、原発が普通に運転されていても発生する、高レベル放射性廃棄物は10万年後まで危険だ。
今年は西暦2012年。四大河文明の発生が紀元前数千年前。
どう多めに見積もっても、現代文明につながる人の歴史は一万年にも満たない。
10万年という年月が、どれだけ途方もないものか、想像してみるべきだ。
それが日々、生み出され、行き場も決まっていない。「トイレの無いマンション」だ。
今日、チェルノブイリのニュースを見た。事故から26年だそうだ。
事故後、放射性物質の拡散を防ぐため、遠隔操作の重機を使ってコンクリート詰めにした。
いわゆる「石棺」だ。
そのコンクリートも劣化が進み、雨水などの浸入により地下水の汚染が問題になっていた。
今度は、さらにその上から、鋼板によるシェルターを建設するのだそうだ。
結局は対症療法、根本的な解決には程遠い。近辺は半永久的に立ち入り禁止だそうだ。
事故の本質や規模こそ違え、福島も冷却手段が確保されただけで、根本的な事態の収拾策はなく
今も、かろうじて事態の悪化を食い止めているに過ぎない点では同じだ。
原子力、放射線とは、そういうものだという事を、政治家も一般市民も認識すべきだ。
万が一、福島のような事が、他所にもう1か所でも起きたら、日本はおしまいかもしれない。