いつもの前置きを、今日は割愛させて頂きます。
初めて読んで下さる方は、前回のブログをご覧くださいლ(´ ❥ `ლ)
主治医から、レビー小型認知症なのではないか?と言われている母。
ここ最近は、幻覚の症状が落ち着いていたのですが、昨日、一昨日と、また久々に見えていたようです。
内容は、人が立っている等の、背筋がゾッとするようなものではなく、鳥がいる!とかガスコンロで煮てるそれは一体何なん!?とか、まだ心臓に優しいものだった。
母には本当に見えているので、私に見てよ!というのだが、私は正直に言わせてもらっている。
ごめん、お母さんには見えとるん?
私には見えんのよ。お母さんにしか見えない世界だね!
と。
介護者としては失格なのかもしれん。でも、実の親に言われたら本当に辛い。親はいずれ年を取るもの、として全てを受け入れられる人というのは本当に凄いと思う。魂が成熟しているとでも言うべきか。私のようにまだまだ尻の青い人間には到底真似出来るものではない。
昨日は、お昼の2時を過ぎてもまだ寝ていた母。
私が買い物から帰っても起きない。キッチンから大声で呼んでも起きない。更にはベッドサイドへ行き大声で呼んでも起きず、、、。手でポンポンと叩いたらようやく、小さくかすれた声で返事をした。
母は、昔から声をかけると直ぐに起きるタイプだった。でも最近はちょっとやそっとでは起きない事が増えた。
ゆえに、安否確認が忙しい。
何度やっても、毎度焦る私だ。
あっ、そうそう話が逸れてしまったが、昨日は朝からぼーっとしていて、エプロンの先を丸めて食べようとさえしていた。
デイサービスを辞めてからかなり経つので、お風呂も1ヶ月以上入れていない。髪だけは先週訪問看護さんに洗ってもらったが、夏のせいか、もう臭う。身体はこまめにお湯で温めたタオルで拭いてあげてはいるが、ここ数日前から臭いが気になる。
おむつ替えの他に、保清の為の作業が増え、私の心身もかなり乱れている。昨日は大きく乱れ、遂に爆発。少しは身体を動かさんかいっ!という内容で母を責めてしまった。そして、涙がポロポロと、とめどなく溢れて来た。隣の部屋で寝ていためいちゃんが鳴きながら駆けつけてくれて、これではいかん!と我に返る。本当に情けない。
めいちゃんも、3日程前からご飯をあまり食べない。発情期を卒業した後なので、という事もある。いつも疲れて3日間くらいとにかく寝ていた。ただ今回は、私の心身の乱れが大きく、めいちゃんにも心配をかけている事は確かだ。
介護は本当に怖い。
頑張りたいのに、心身がついていかなくなる。
実は、7/10、7/11と一泊2日で、母をショートステイにお願いする予定だった。でも、母の荷造りをしていたら、突然身体が熱くなり気分が悪くなった。何故か、ショートステイへ行く事に不信感とか諸々、引っかかるところもあったのだ。私の体調も含め、悩んだ末に、ショートステイを見送らせて頂く事にした。ここのショートステイは、抗原検査を実施し、陰性の人のみ利用可能で、施設内ではマスク着用無し、との事だった。残念ながら抗原検査では、ウィルスがすり抜けてしまう場合もあり、心配なので止める事にした。
家にいても身体機能の低下が心配、外に出れば感染対策が心配。薬で免疫力を落としているという事は、何と生きづらい事か。
ようやく決まったデイサービスは、マスクも着用、移乗も安全に行います!と自信満々で言ってくださり、全ての希望条件をクリアー。しかも、整形外科がしているデイサービスなので、リハビリもしてもらえる。本当に有り難い。7/23から利用可能との事なので、あともう一踏ん張りだ。
私の疲れも半端なく、毎日お風呂に入れないという垢太郎ライフも、最初の頃こそ悩んでいたが、今や普通の事と化している。恐ろしい。いろいろ綺麗にしたいのに、見なかった事にしてしまう。髪もだいぶ伸びてボサボサになってきた。昔は普通に出来ていた事が、今は重労働に感じる。自分自身を大切にしなくなり、何かを楽しむ心身のゆとりも無い。
母のデイサービスが決まればまた生活のリズムが整い、何とか頑張れるのではないかと思っている。
近いうちに、仕事も探さなければならない。
先日ヤクルトさんが来られたので、うちはアレルギーがあるので、とお断りしたら、今スタッフを募集してるのですが、お仕事されてますか!?と聞かれた。お断りをしたが、このご時世に、向こうから声をかけて下さるなんて有り難い。
今、自分自身のやりたい事が出来る環境におられる方は、どうか今を大切に生きてほしいと思う。
何故ならそれは、当たり前の事では無いからだ。
いつ、介護をしなければならない日が来るかもしれない。
いつ、誰かの為に生きなければならなくなるかもしれない。
勿論、それは悪い事ではない。
どんなに辛い事でも、それが魂の肥やしとなるからだ。
ただ、自分自身の為に費やせる時間は大幅に減ってゆく。
ゆったりと自分自身と向き合える時間は、そう長くは続かないのかもしれない。
