一歩、世界に近づくブログ -36ページ目

一歩、世界に近づくブログ

どんな国へも、まずは興味から!

言葉や食べ物やその他の文化など、
自分が直接触れた「面白い!」と思った
”外国に関わること”を、力を抜いて書いていきます。

1記事あたり、約2分で読めます!

↓サイドバーから、気になる国をご覧ください!

3年ほど前、会社の後輩に

「こんなジョークがあるんです。知ってますか?」
教えてもらったものがあります。


彼はよほどそのジョークがお気に入りなのか、

スラスラと口にしましたが
聞いた僕も気に入ってしまったので

もう一回言ってもらい、メモを取りました。


今回のブログはそれを共有いたします。


* * *


世界各国の人々が乗った船が沈没しかかっています。
しかし、乗客の数に比べて、脱出ボートの数が足りません。
船長は、彼らを海に飛び込ませるため、何と言えば良いでしょうか?




アメリカ人の乗客に対しては、「今飛び込めば、ヒーローになれますよ」

ロシア人の乗客に対しては、「海にウォッカのビンが流れていますよ」

イタリア人の乗客に対しては、「あっちに美女が泳いでいますよ」

フランス人の乗客に対しては、「海に飛び込んで下さい」(とフランス語で言う)

イギリス人の乗客に対しては、「紳士はこういう時に海に飛び込むものです」

ドイツ人の乗客に対しては、「規則ですので海に飛び込んでください」

中国人の乗客に対しては、「おいしい魚が泳いでますよ」

日本人の乗客に対しては、「もう全員、飛び込みましたよ」


* * *


日本人としてはこのオチに苦笑せざるを得ませんが、
どれも納得してしまうほど、国民性をついていると思います。


いろんな国の人と集まって、酒でも飲みながらこのジョークについて
話し合ったら、楽しいだろうな。


もちろん、そこにロシア人がいたらウォッカはナシで。


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先日、トルコ人が日本人に好意的だという話

エルトゥールル号事件 )をブログに書きましたが、

実はハンガリー人も日本人に対して好意的だとよく言われます。


実際、僕が4年ほど前にハンガリーを訪れた際も、

交差点で、食堂で、スーパーマーケットで、
「日本人か?」と聞かれ「そうだ」と答えたら

ニコニコされた経験があります。


なぜ彼らは日本人が好きなのか?


それは、ハンガリー人は我々日本人と祖先が同一だと考えており、
”親戚”のような感情を持っているかららしいのです。


かつての祖先となる民族が
ウラル山脈という場所にいて、そこから
西に行ったのがハンガリー人、東に行ったのが日本人。
ただそれだけの違いだ。というような。


それの裏付けになるのかどうか分かりませんが、
彼らはヨーロッパでも珍しく、なんと名前を
”名字+下の名前”の順で付けるのです。
確かに日本人と同じですね。


そしてまた、ハンガリー語で「シオタラン」と言うと
「塩味が足りない」という意味だとか、
「ミズ」は「水」を意味するとか。


これはハンガリーが誇る

天才数学者かつ大道芸人で11ヶ国語を操る
ピーター・フランクル氏が僕の中学時代、
なぜか学校に来てくれて

直接聞かせてくれた話なので確かでしょう。


ピーター・フランクル氏以外にも、

ハンガリー人で日本語を学ぶ人は多く、

ヨーロッパ中で最も多いとも聞いたことがあります。


どうやら本当に日本人に興味があるようですね。


ところでハンガリーは料理にパプリカを
非常に多く使います。
パウダーにして料理に振りかける以外にも、
くり抜いて焼いたり茹でたり煮こんだり、
オレンジや赤の色が映えて、料理がとっても美味しそうです。
(スーパーには紫や黒の種類もありました)


サワークリームや豚肉、また、海に面してないことから
鯉やナマズも料理に使いますが、どれも結構おいしく、
日本人の口には合うと思います。



また、ハンガリー住まいの人の言うことには、
海に面していないのが関係しているのか、
この国には娯楽施設が無く、
これといった趣味を持っている人が少ないらしい。


強いて言うなら「散歩」。
それも「森の散歩」。
渋いというか、いじらしいというか・・・。


今から20年ほど前、
当時大流行だったカラオケに行きたくても
国内には1台も存在しないため、ウィーンにまで行ったらしい。
ウィーンって隣の国じゃん・・・。


なんだか、やや地味めな印象ですが
観光先としてはオススメです。


大きなライオンの像が座る「くさり橋」は
とてもカッコいいし、教会等は他の国とはまた違った
雰囲気に満ちていて神秘的でした。




↑マーチャーシュ教会。色使いが独特です。


よかったらあなたも行ってみて下さい。

そしてどのくらいモテるか体感してほしいと思います!

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学生の頃、腹が減ったらしばしば

「ぱすたかん」という店に行っていました。


学生の時分は基本的にお金が無いので、

安くてがっつり食べられる

ラーメン屋や牛丼屋、マックなどが常連でしたが、

腹いっぱい”お好み焼き”を食べたい時は

「ぱすたかん」を訪れるのです。


ん?


お好み焼きを食べに行く店が「ぱすたかん」?


そうです。

その店は店名こそ「ぱすたかん」ですが

パスタ屋ではなくお好み焼き屋で、

毎月10日はサービスデー、みたいな店でした。


ではなぜお好み焼きがパスタなんてややこしい

名前で営業しているんでしょうか。



実は、お好み焼きはパスタなのです。


日本ではお好み焼きはイメージが浮かぶあの通りの食べ物で、

パスタと言えばスパゲティーのようなものを想像します。


しかし、ご存じの方も多いように

太い平打ち麺のフェットチーネもパスタですし、

グラタンに入っているマカロニもパスタ、

ラザニアも麺の姿をしていませんがあれもパスタです。


スパゲティー、フェットチーネ、マカロニ、ラザニア、

そのすべてに共通しているもの、それは

”小麦粉を使った練り物”であるということ。


お好み焼きの原料もまた小麦粉なので

お好み焼き=小麦粉=パスタ、となる訳です。


もともとは小麦粉を使っていなくても

練り物であればパスタと言っていたそうなので、

そうするとパンもそうだし、あのチューブに入った歯磨き粉も

パスタの仲間に入るようです。





パスタという言葉の意味が分かったところで僕は納得したのですが、

先行しているイメージが強く働くこの世の中、

他人ごとながら「ぱすたかん」という店名は

”パスタを食べたいお客”と”お好み焼きを食べたいお客”、

そのどちらもを取り逃がしている可能性があるなぁと感じます。



それはさておき、上記で挙げたイタリア系のパスタには

その他にも本当にいろんな種類があって、その形状に

合わせたソースや具材があるようです。


ペンネやラビオリ、ニョッキなどはちょっとしたお店でよく目にするものの、

普段は口にしない蝶の形をしたファルファッレや

貝の形をしたコンキリエなどというパスタが相性ピッタリのソースと出てきた時は、

まるで森で珍しい蝶を発見したり

海でキレイな貝を見つけた時のようにテンションが上がります。


まさに奥深きパスタの世界。

イタリアの田舎のマンマに作ってもらいたいですね!



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意外と興味ある方が多いようなので、
昨年行ったロシアの情報を箇条書きで共有します!




・実は成田から2時間で行ける

・新潟からだと更に早く着く

・英語力が恐らく日本人以下

・飛行機着陸後、拍手が起きる!

・メーテルみたいな女性が多い

・夜10時以降は酒が買えない

・アメリカ系チェーン店少ない

・観光客にあまり興味なし

・でも親切にしてくれる

・イクラはロシア語でイクラー

・明太子はロシア語でミンタイ

・市場の肉屋その場でカイタイ

・ロシア人は朝食にクレープ

・ペリメニという水餃子も好物

・国の中で時間帯が9つもある

・だが駅の時計はモスクワ時間

・なので今何時か頭が混乱する

・そもそも鉄道駅の仕組みが謎

・シベリア鉄道の寝台車は快適

・宗教はロシア正教がメイン

・教会に入る際は女性は頭を覆う

・教会の玉ねぎ屋根は祈りの手の形

・面倒なビザの取得は代行頼める

・物価は日本とほぼ同じ

・肉も魚も料理が結構おいしい

・wi-fiスポットは随時増えてる

・手軽にヨーロッパの雰囲気

・旅先としては意外とおすすめ!


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ずっと勘違いしていた。

台湾ラーメンというのは、台湾のラーメンだと。


しかし、昨年、初めて知ったのだ。


台湾ラーメンは台湾のラーメンではなく、

なんと名古屋の地元メシだということを。


夏になると、ここ東京の

コンビニのカップラーメンコーナーにも

並ぶ台湾ラーメン。


その間違えようもないほどストレートな名前に反し、

現地の台湾にはそんな食べ物は無いようだ。


インドカレーはインドで、

ベルギーワッフルはベルギーで食べられるのに。


なんでだ。

じゃあなんで台湾ラーメンなんて名前が付いているのだ。


調べてみると、どうやら、

台湾出身の料理人が名古屋で考案して

広まった料理だということだ。


エピソードからしてみると嘘ではないが

ややこしいネーミングのせいで思わず「嘘つき!」と

言いたくなってしまう。



ちなみに台湾には、

それこそ立派な自慢の麺がある。


それが「担仔麺(タンツーメン)」という食べ物で、下の写真がそれだ。



この写真の担仔麺は僕が実際に台湾で食べたものだが、

ひとことで言うと”小さい”。


そう、うまい、まずいの前に第一印象は”小さい”だった。


麺を愛する者の1人として、

初めて担仔麺という料理の写真を見た瞬間から

「コレ食ってみてぇ~」と考え続けていた僕は、

その現物の小ささに驚愕したものだ。

だって、丼の大きさが手のひら位しかないのだから。


ただ、味は申し分なくおいしいし、

プラスに考えると”手軽”だと言える。

まさに軽食、「サクッと麺でもすするか!」って感じ。


例えば飲んだ帰り、

酒のシメに食べるラーメンのうまさは格別だが、

自分へのダメージも大きい。


そんな時、このお手軽サイズの担仔麺なら

「麺は食いたし、されど太りたくはなし」の欲望を

叶えてくれると思う。


しかし悲しいかな、日本でこのサイズの

麺を食べられる店は何故か無い。

採算が合わないんだろうか。


なので食べたい人は台湾に行くしかない。

1杯1杯の量が少ないから、店をハシゴして

何杯も食べ比べてみるのも楽しいです。

不思議と飽きないし。


「麺のために台湾に行く」ってのも、僕はアリだと思います。


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昨日、ひとりでもわしら、というタイトルでブログを書きましたが 、今日は続編です。


例のワシラさんの正体は依然不明のままですが、

その代わり、ロシア人の名前の秘密が少し分かりました。

まずロシアでは、名字の最後にくる音に法則があり、

それに当てはまるものが多いのです。

代表的なものをあげると、

「~イン」「~フ」「~スキー」など。


たとえば

~インという語尾で有名な人は
レーニンやスターリンやプーチン、ガガーリンなど。


~フという語尾なら

メドベージェフやツルゲーネフ、SF作家のアシモフ、

ウォッカのスミノフ、『ONE PIECE』でおなじみイワンコフ、

お菓子のモロゾフ、心理学で知られるパブロフなど。


~スキーという語尾だったら
ドストエフスキーやチャイコフスキーなどでしょうか。


そしてここからが面白くて、

これらの名字が、

なんと男女で語尾が変わるのです!

名字がですよ!


おおざっぱに言うと、

女性の場合は男性の時の名字の最後に

「A」が入るような感じでしょうか。


例えばアレクサンドルという名字は

女性ならアレクサンドラになります。


もうひとつ言うと、トルストイの小説『アンナ・カレーニナ』。



あれはアンナという女性が主人公の話ですが、

アンナは女性なのでカレーニナという名字になっているんです。

もしアンナの弟にイワン君という男の子がいて、彼が主人公だったら

『イワン・カレーニン』となるようです。


ややこしいですね。


でもこの法則を知っていると、上記に挙げた有名人たちの

名前を見ると「A」が見当たらないので、これらの人々は

男性なのだと分かるとも言えます。


うーん、奥が深い。


ちなみにロシアの名前はどうやら

他にもいろいろ複雑なことがあるみたいですが、

このブログは興味を持ってもらうところ迄ですので、

勉強家は自分で調べてください。


タイトルのボケにはあえて触れずに今日は幕を閉じます。


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近所のセブンイレブンで、女性の外国人が働いている。


そこに行くたびに見かけるので、もう顔も覚えてしまった。


名札を見るまでもなく、アジア系の人ではない。


かといって西欧っぽいかと言われると、東欧っぽさのほうが勝っている。


もしかしたらロシア系かもしれない。


今日のレジ担当がその人だったので、名札を見てみた。


ワシラ、と書いてあった。


ワシラとは興味深い。


まるでおじいさんが自分たちを指す時みたいじゃないか。


いやそんなことを言いたいのではない。


ワシラとは一体、どこの国の名前なんだろうか。


一番てっとり早いのは本人に聞くことだが、


ちょっとキゲン悪そうだし、


なにしろこっちはただのお客だ。


急にそんなことを聞いたらびっくりされるだろう。


そこで仮説を立ててみた。


ワシラとは呼びやすいように簡略化してあるだけで、


実はもう少しだけ複雑な名前なんじゃないか。


そしてフト思った。


”ヴァシリー”かもしれない。


確かロシアに聖ヴァシリー教会という世界遺産があった。





あちらの国は聖人の名前を


自分の子に付けるケースが多いみたいだから、


聖ヴァシリーさんの名前にあやかって


我が子にヴァシリーという名前をつけても何ら不思議ではあるまい。


(聖ヴァシリーさんが本当にいたのか、何をしたのかは知らないが)


そこまで思うと、今度は確かめてみたくなる。


「ワシラさん、あなた本当はヴァシリーっていう名前じゃないんですか?」と。


しかしそんなことはできない。


もし違った場合


もっとキゲンが悪くなってしまいそうだから。



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旅と本は似ている、とはよく言われるが、世界もまた本である、と歌った男がいる。


長田弘(おさだひろし)さんという、昭和14年生まれの詩人です。


彼が作ったその詩を僕は昨日偶然知ったので、

その詩を知った熱が自分の中でまだ熱いうちに

このブログで紹介しようと思います。

なんたってこれは、世界や旅がテーマのブログですからね。




世界は一冊の本             長田 弘

      本を読もう。
      もっと本を読もう。
      もっともっと本を読もう。

      書かれた文字だけが本ではない。
      日の光り、星の瞬き、鳥の声、
      川の音だって、本なのだ。

      ブナの林の静けさも、
      ハナミズキの白い花々も、
      おおきな孤独なケヤキの木も、本だ。

      本でないものはない。
      世界というのは開かれた本で、
      その本は見えない言葉で書かれている。
   
      ウルムチ、メッシナ、トンブクトゥ、
      地図のうえの一点でしかない
      遥かな国々の遥かな街々も、本だ。
      そこに住む人びとの本が、街だ。
      自由な雑踏が、本だ。
      夜の窓の明りの一つ一つが、本だ。

      シカゴの先物市場の数字も、本だ。
      ネフド砂漠の砂あらしも、本だ。
      マヤの雨の神の閉じた二つの眼も、本だ。

      人生という本を、人は胸に抱いている。
      一個の人間は一冊の本なのだ。
      記憶をなくした老人の表情も、本だ。

      草原、雲、そして風。
      黙って死んでゆくガゼルもヌーも、本だ。

      権威をもたない尊厳が、すべてだ。
    
      200億光年のなかの小さな星。
      どんなことでもない。生きるとは、
      考えることができるということだ。
   
      本を読もう。
      もっと本を読もう。
      もっともっと本を読もう。
                       
長田 弘(おさだ・ひろし)昭和14(1939~)




この詩を読んで、最初は、

本というのは書物のことを言っているのかな、

と思うものの、すぐに

それだけではないんだよ、と続き

自然だって町だって数字だって人生だって本だと言い、

本でないものは無い、とまで言い切る。


つまり

本でないものは無い=すべては本である、

ということを言っているようだ。


「じゃあ本とは一体、何なんだ?」

という疑問が湧いてきて、

ふと詩のタイトルを見直すと

そこにこの詩人の答えが書いてある。

世界が一冊の本である、と。


そして

世界がこれすなわち一冊の本ならば、

世界を知らぬ者は本のページをめくらぬ者と同じ。


それではあまりに勿体ないよ、

あなたは本が読めるんだから。

世界という本をもっともっと読もう!



・・・という意味なんじゃないかと僕は解釈しました。


まぁ詩はたぶん人それぞれの解釈で良いと思いますが、

僕個人としては本も旅もこの世の中も大好きなので、

非常にビビッと来た詩でした。


今回のブログはいつものように特定の国を

テーマに据えたものではないですが、

この詩に出てきたトンブクトゥやウルムチに

いつか行けたら素敵だなぁと思います。


※ ウルムチ:中華人民共和国 新疆ウイグル自治区にある町。

  メッシーナ:イタリア シチリア島にある町。

  トンブクトゥ:マリ共和国 アフリカの中でも特異な世界遺産を有する町。



↑ちなみにこの本は今回の詩とは関係ありませんが

かつて世界を巡った旅人たちのバイブルとなった伝説の書です



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”食後にデザート”という
最後に甘いもので締めくくりたい気持ちは
大概どこの国でも共通しているのか、
旅先でも選ぶのに困るほど
デザートはあちらこちらの国で見かけます。


しかし、あのフランスでは
そのデザートと同じような
重要な立場を取っている食べ物があります。


それはチーズ


フランスではチーズもデザートと同じような扱いらしいです。






あくまでも個人的な体験ですが、
フランスではどんな場所で食事をしても、
それがコースっぽい料理だった場合は
メインのお皿の後にこう尋ねられました。


「デザートにするか?それとも、チーズにするか?」



この質問、なんだか違和感を感じるのは僕だけでしょうか。

前菜、メイン、と順に平らげていき、
お腹がだんだん一杯になってきているところで
「はいチーズ」と来るわけです。


ハイ チーズって、写真撮る時の掛け声じゃないんだから。



しかもチーズケーキのような甘い味がするわけでもない。
いわゆる、ワインのつまみにするような
ああいったチーズが出てくるのです。



以前、僕はフランスのシャンパーニュ地方で
遺跡発掘のボランティアをしていたことがあるんですが、
その時は毎晩皆で外にテーブルを並べ、
おしゃべりしながら晩御飯を食べていました。


確かそのときも、
サラダが出て、
肉とかパンとかを食べて、
腹が一杯になったあとでチーズが出てきて、
更にそれからご丁寧にデザートも出てくるといった、
おそろしいボリュームだった記憶があります。
(どちらにするか聞かれずに、このように両方出てくる時もあります



デザートのように甘くない食べ物とはいえ、
フランスはチーズ大国というお国柄。
「メインのあとでじっくりとウチの自慢の一品を食べてくれ」
という考え方なのかもしれません。



お腹が空いている時の方が
そうではない時よりも美味しく感じられるという法則は
このチーズにも当てはまりますが、
それでも「う~ん、これは、なかなか・・・」と
思えるようなチーズはたくさんあります。


ワイン好きの方、
チーズ好きの方、
乳製品が好きな方、
反対にそうではない方も、
ちょっと高級なスーパーやバーで新しい味を試してみて、
舌にビビッと来たらしめたものです。


いつか本場のチーズ大国へ乗り込んでみるのも
面白いかもしれませんよ。


ホントにお気に入りのチーズと写真を撮っちゃうかも・・・。


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まずは先日のホットな失敗談から。

数日前、新宿駅構内の「カレーハウス イマサ」でカレーを食べた時のことです。

空腹だったのでしばらくカレーを掻き込み、スプーンを置いてちょっと休憩、と右手をテーブルに乗せようとした、その時でした、事件が起きたのは。

その店はカウンタータイプの席なんですが、僕と同様、テーブルに左手を乗せていた隣のオジサンの手の平の上にちょうど僕は右手を置いてしまい、妙に気まずい思いをしました。

いやー、危うくカウンターの上で知らない人と手を繋ぐところだった…!

真っ昼間のカレー屋で、30過ぎの男と50過ぎのオジサンが手を触れ合ってお互いドキッとしているさまは、客観的にみてなかなか見苦しいものがあっただろう。

妙な恋が始まってしまう前にオジサンは席を立ち、僕は平静を装いながらカレーを口に運び続けました。

辛いカレーと同時にしょっぱい経験を味わった出来事でした。

さて、という訳で今回のテーマはまたもや(先日のマッサマンに引き続き)カレーです。
カレーといえばインド、と言いたいところですが、今回はあえてスリランカでいきます。

よく、「インド人って毎日カレー食べてるんでしょ?」と聞かれますが、なんのことはない、インドの下にある国、スリランカでも毎日カレーを食べています。

逆三角形のような形をしたインドの下、まるでインドからこぼれ落ちる涙のような形をした島国スリランカ。

島国ならではというべきか、ココナッツミルクをカレーに使うため、インドのそれより食べやすいと言われます。

具は魚を使うものも多く、ドロッとしたルーを米と混ぜて手で食べます。

手です。カレーを。

ここで事例を一つ。

数年前に僕が現地に行った際、町の人たちが入る食堂に入りカレーを頼むと、店の人は外国人旅行者である僕に気を遣って、なんと紙ナプキンとスプーンを用意してくれました。当然、他の客である現地人は皆、手で食べています。

店員さんに感謝しつつ、なかなか手でカレーはキビシイなぁ、外国人で良かった、と思いながらスプーンを持つと、隣にいた男の客が急に僕のスプーンを取り上げるではありませんか。

エッ何、と思ったのも束の間、いきなりジェスチャーとシンハラ語で手でのカレーの食べ方を僕に伝え始めました。

「スリランカでカレーを食う時は、手を使え。いいか、右手でこう、米とカレーを混ぜるんだ。捏ねるようにな。ある程度混ぜたら右手全体でギュッと握ってだな、手の平に出来た塊を、右親指でグッと上に押し出す。それを食うんだ。ホラやってみな

彼は自分のカレーを使いながら多分そんな事を言ってたので、見よう見まねで僕がやってみると、彼はニヤッと笑ってOKOKと言って、自分の席に戻って行きました。

正直、最初こそ抵抗感と違和感でいっぱいでしたが、次第に慣れ、皿がキレイになる頃には手でカレーを食べる快感まで覚えたほどでした。

カレーのような形状のものは、スプーンなど食器を使うものだ、という認識は日本やその他先進国のものであって、ここスリランカでは手が当たり前、手が普通。むしろ手でカレーを食べれない人は非常識、と見なされてもおかしくないという事です。

常識や非常識なんてすぐに変わる。

大衆食堂でそんな感想を持った僕は、それでも当然スリランカ以外ではスプーンを使い、手を汚さずにカレーを食べています。

とは言え、ふと思い出して手づかみカレーをやってみたくなるほど、独特のおいしさがありました。

胸を張って手づかみカレーをもう一度食べるため、そして常識について再度考えるため、いつかまた、あの涙の形をしたスパイスの国に行きたいと思っています。