一歩、世界に近づくブログ -24ページ目

一歩、世界に近づくブログ

どんな国へも、まずは興味から!

言葉や食べ物やその他の文化など、
自分が直接触れた「面白い!」と思った
”外国に関わること”を、力を抜いて書いていきます。

1記事あたり、約2分で読めます!

↓サイドバーから、気になる国をご覧ください!

ここでは、数年前に行った世界一周の日記をご紹介しています。

いま現在とは異なる箇所もありますが、ご興味のある方は

読んで頂けると嬉しいです。


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2009年12月11日



今日は、ペルーで出会った料理に関するいろいろな話を。


<醤油>

リマの宿のオーナー夫妻に聞いた話だが、

ペルーの料理にはなんと醤油を使うことも多いらしい。


醤油の仲間に魚醤(ぎょしょう)、つまりナンプラーがあり、

それはタイなどで使われているが、まさか醤油そのものが

南米で使われているとは、驚いた。


話を聞いたあと、注意を払ってこちらの国のスーパーマーケットの

棚を見ていると、確かにちゃんと並んでいる。

「KIKKOMAN」というビンが。



<セビッチェ>

南米では、生の魚を食べるのはここペルーだけらしい。


この国自慢の料理のひとつに「セビッチェ」というものがあるのだが、

これは魚介のマリネのようなもので、イカや魚、貝などを野菜と一緒に

和えた、すっぱい味がする食べ物です。





僕はすっぱいものが結構ニガテですが、不思議とこれは美味しい。

特に美味しかったのは、アグアスカリエンテスの教会の広場に出ていた

屋台のセビッチェで、鱒やジャイアントコーン、さつまいもまで入っていました。



<クイ> 

特筆すべきペルーの名物料理として、クイ(天竺ねずみ)が挙げられる。

おいおい、ねずみが名物料理って!って感じですが、とにかく若い女性も

この料理には目が無いらしい。


先日オシャレなカフェの女性スタッフも

「クイを食べるならあそこの店がいいわよ。

タクシーで15分くらいかかるけど、本当においしいから!」と言う。

「本当に?」と返したら、彼女はウットリとした表情で

指をしゃぶる仕草で返事をした。


どうやらこのクイ、クスコあたりが本場らしいが、

僕が屋台で買った怪しげな正体不明の肉の塊、

あれがクイだったような気がする・・・。


ちなみに、クスコの教会にはぺルー版の

『最後の晩餐』の絵が飾られているのだが、なんとその絵の中で

キリストたちが囲んでいるご馳走がこのクイなんです。

せ、聖なる食卓の中心に、ネズミがおる・・・。

ところ変われば品変わる、でしょうか。



<ボリューム>

なぜかは分からないけど、こっちの料理は何を頼んでも

とにかく量が半端なく多い!


どうやらこちらの食事はまずスープから、と決まっているらしく、

レストランなどで周りを見ていると誰もがスープをすするところから

食事を開始している。

しかしそのスープからしてボリュームがあるのだ。


例えば、

ポジョ(鶏)のスープを頼むと、

「これは塩ラーメンか?」ってほど

麺(パスタ)がスープ皿に入っているし、

アホ(にんにく)のスープにはパンの切れ端が

大量に浮かんでおり、それをやっつけるだけで

お腹が落ち着いてしまう・・・。


ちょっと気分転換に中華レストランに入ってみても、

なかなかチャーハンの山が無くならないのには

参りました。

おいしいし、安上がりになるからいいけどね!


以上、ちょっと思いつくままに書いてみました。


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2009年12月10日


自由に歩くこともままならない状態で、果たしてセスナなんかに

乗っていいものか迷ったものの、ミステリーハンターとして(?)、

このまま宿に帰って寝ているわけにもいかない。


内なる自分の声に従い、6人乗りの小型機の最後列に乗った僕は、

これからの数分は激痛の走る背中や腰の事はいったん忘れることに決めた。


しかし、そんな決断はまったく不要だった。

ふわりと飛び立ったセスナが地上絵のポイントに来る頃には、

興奮によるアドレナリンが身体の奥から湧いてきて、

痛みの感覚なんか麻痺してしまっていた。


陽気なペルー人のパイロットとコパイロット(副操縦士)が、

絵が下に見えるたびに、英語と、なんと日本語で、何の絵が

見えるか教えてくれる。


ハチドリ、クモ、サル、手、コンドル、犬、二等辺三角形など、

およそ10前後も見せてくれただろうか。


あと、特に僕が興味を持ったのは「宇宙飛行士」という絵だ。

この名前からしてすごいが、現地ではこれを「フクロウ人間」と

呼んでいるらしい。フクロウ人間じゃ、もはや宇宙飛行士どころか

宇宙人そのものだ。

なんとなく「ガチャピン」にも見える。


肉眼で観ながら、写真も撮りまくった。




↑ 見にくいですが、左半分に「サル」の絵が。



こんなバカでかい絵が、ここに2000年も前からずっとあるなんて・・・

そして2000年経った今も、この現代の科学技術をもってしても、

なぜ描かれたのか解明できていないなんて・・・

これをミステリーと呼ばずしてなんと言おうか。


あっという間のフライトが終わり、セスナは着陸した。


その後、小さな博物館のような場所で、地上絵の写真などを見た。

その中には、「クジラ」や「E.T.」と名付けられたものまで・・・

この地では見られない生物が、地上絵として残っている謎。


テレビなどではよく特集されるが、この神秘的な体験は、

やはり現地に来たからこそ得られるものだった。


明日はペルーで食べた変わった料理たちを紹介する予定です!

なかにはあんなものまで・・・!!!


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2009年12月10日


今日はナスカの地上絵を観るために

空に飛ぶ日だったのだが、

僕は大変な状況にあった。


今回の旅1カ国目のカナダに飛ぶ飛行機に次ぐ、

2度目の危機だ。



昨日のブログでは特に何も触れなかったが、

昨日、この町に14時間のバス旅行を終えて

地面に降りたった途端、どこからか湧いてきた

客引き数人に取り囲まれた。


ひっきりなしに早口のスペイン語でまくし立てられながら、

勝手に僕のバックパックを持って行こうとする始末。


相当疲れている状態でこんなことされたんじゃ、

ゆっくりと考える暇もない。


いわゆる思考停止状態に持って行き、

自分たちの商売に結びつける気なのかもしれない。


僕はいらいらしながら、

早くその場を離れようと

バックパックを急いで背負おうとした、

その瞬間。


背中から変な音が聞こえ、

激痛が走った。


バスの中で座っていた時の固まった姿勢から急に動いたため、

ヘンな感じでひねってしまったのだ。


なんとか重いバックパックは背負ったものの、

一気に脂汗をかいてしまったくらい痛い。


なんとか近くで安宿をとり、チェックイン後すぐにベッドに横になった。

寝がえりを打つのも出来ないほど痛い。

想定外の怪我だ。


ブログの更新のために腰をかばいながら

ネットカフェには行ったが、全然、

自由に歩きまわれるほどではなかった。


いま、この地で誰か悪いやつに襲われたら全く勝ち目はない。

勝ち目がないどころか、逃げることすらできないだろう。

一時的にでも健康を失った故の恐怖が湧きおこった。



昨日一日、安静にしていたおかげか、

今日はなんとか地上絵を観るための

セスナ乗り場にたどり着けたが、

背中から腰にかけての痛みは俄然あった。


こんなんで揺れるセスナなんかに乗っていいのか?と

自分で思ったくらいだった。


でも、もう1人の自分が言った。

「ここまで来たんだ、乗っちまえ!」





僕は、パイロットを含む6人乗りのセスナに乗り込んだ。

(つづく)


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2009年12月9日


今朝、クスコからナスカに到着しました。

国はペルーのままです。


移動手段はバス、所要時間は、なんと。

14時間!!


飛行機乗ってるんじゃないんだから、

どんだけ乗るんだよって感じですが、

ここ南米では貧乏旅行者、

いや、節約旅行者(とここでは呼んでおこう)の間では

今や普通のことらしい。


いや、ちがうな。


南米だけでなく、世界中で、これくらいのバス移動は

現在に限らず、以前からあったはずだ。

ただ、自分がそれをしてこなかっただけだ。


つまり、これが”普通”の南米旅行。

そして、長時間のドライブというだけでなく、

バスの中は何故かかなり寒かった。

なかなかハードな味わいがあります。


ナスカと言えば、あの「ナスカの地上絵」があまりにも有名です。


地名が有名なだけに、いったいどんな町かと

勇んで降り立ちましたが、

なんのことはない、非常に小さな町です。




↑ 住民の結婚式のお祝いに、町を練り歩くアミーゴス。



宿ではネットが使えず、町の片隅のネットカフェで

今これをカチャカチャやっています。


このパソコンも日本語が打てないので、

ajaxという便利なサイト(?)で打ちこんでいます。

アジャックスありがとう。


写真もかなり撮りました。

環境が整い次第アップしたいと思います!


追伸:スペイン語は毎日勉強しています。

相手に伝わるとやはり嬉しい!


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2009年12月6日

良い意味で、ここマチュピチュはイメージと違う場所でした。


例えば、マチュピチュを進んでいて感じるのは、

ここには、さまざまな大きさの石があって、

それで組み立てられていった場所だということ。


皆さんがイメージするマチュピチュという場所、

写真でよく目にするこの場所は、おそらく

前述した「見張り小屋」から撮影された”全景写真”のことが

多いと思います。


そうした写真からでは、石組みの細かいところまでは

分かりにくいし、遺跡内の道の幅や壁がどうなっているのかまでは、

なかなか知ることができません。


だから僕も勝手に、きっと均等な感覚で石切り場から切られた

石がレゴのように積まれているんだろうな、なんて考えていましたが

実際はそうではなく、巨大な岩の上にそうした形の揃った石を

積み重ねていっていたり、石のもともとの形をそのまま利用したり、

などといった場所も多くありました。


テレビや雑誌や本などは、尺やスペースの関係上、

なんでもかんでも載せられない。

今これを読んでくれているネットだっておんなじだ。


限られた点数だけを選ぶしかないとしたら、

やはり見栄えのするキレイな全景写真を載せるのが王道で、

仕方のないことですが、それは事実の片鱗でしかない。


そして実際に行ってきた人に話を聞く機会があったとしても、

そんな細かいところというか、人によってはどうでもいいところまで

教えてくれるわけではない。


だから実際に現場に来て初めて、知ることがある。

気づくことがある。得るものがある。



それにしても、見渡す限り、石と草ばかり。

この場にあるものは、言ってしまえば

まさにほとんどがただの石と草なのだ。

それなのに、こんな神秘的な空間が作り出せるなんて。



日時計もあった。


アメリカの建国の父、ベンジャミン・フランクリンの名言を思い出す。

「能力を隠したままではいけない。

それらは使うためにあるのであって、

使わないのは日陰にある日時計と同じになってしまう。」


このマチュピチュの日時計はまさに

”良く日があたる場所にある日時計”であり、

能力全開の象徴だ。


この日時計を観るための観光客も多くいるため、

当時の本来の役割とは別に、現代では

宣伝部長というか、コマーシャルの役割も果たしていると

思われる。素晴らしい。

そういう人間に、僕もなりたいものだ。



マチュピチュのとなりには、ワイナピチュという、

更に高い山もある。


もうすでに満足でお腹がいっぱいだが、少し頑張って

このワイナピチュの頂上まで行けば、

今いるマチュピチュからは絶対に観られないものがあるという。

そう、「マチュピチュまるごとの景色」だ。


なかなかに骨が折れる登山だったが、

ようやく頂上に登ったときの感動は爽快この上なく、

皆、無言で自分とマチュピチュとの対話を

楽しんでいるように見えた。


なぜかバナナを食べている人が多く、

動物園のサル山みたいではあったが、

間違いなくここは世界最高のサル山だろう。


僕はここに棲息している羽アリみたいな虫に

思いっきりガブリと噛まれ、

なかなかに痛かったが、まぁ、虫からの

登頂証明書をもらったと思うことにしよう。


さらに、ワイナピチュからの下山途中、まだ奥に

遺跡があった。「月の神殿」という所らしい。

観光客は皆、マチュピチュ→ワイナピチュ→月の神殿の

順で訪れるため、あまり知られていない遺跡だ。


僕は心を惹かれたが、もう時間もなく、たまたま

月の神殿方面から来たデンマーク人観光客に

「オススメはしない」と言われたので今回はやめておいた。


いつかまた来る時の、お楽しみだ。


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2009年12月6日

ついに今日、あの忘れられた空中都市、

憧れのマチュピチュに行ってきた。


ふもとの町、アグネスカリエンテスから

早朝バスに揺られて約30分、マチュピチュの入り口へ。

高鳴る胸の鼓動を感じながら、

朝もやの中に浮かび上がる遺跡を見た。


その瞬間、僕は思わずなにか

感動の言葉を口走ったような気がするが、

実はまだ夢の中にいるような感じすらして、

正直よく覚えていない。


しかし、まさにその瞬間こそ、

僕の長年の夢が叶った瞬間、つまり、

夢が現実になった瞬間だった。



まだ早朝なのにも関わらず、

遺跡にはすでにあちこちに人がおり、

写真を撮ったり、立ち止まって景色を眺めたり、

一緒に訪れた仲間たちと興奮を分かち合ったり、

思い思いに過ごしているのが見てとれた。

見学のスタート地点でもある、

見張り小屋と呼ばれる場所で

僕はカメラの状態を確認し、体勢を整えた。

見張り小屋からも見える、

マチュピチュの正門である大きな石には

カップルが寄りかかり、近くにいた観光客に

写真を撮ってもらっていた。


その2人の顔は幸せに満ちており、

僕は彼らをわざとフレームに納めて

その正門の写真を撮った。



あの独特の風貌をした動物、リャマもたくさんいた。

ギリギリまで近寄っても逃げたりせず、

なんだか可愛いらしい。

リャマにちょっと触ってみたら、

意外にも毛がフワフワというより、

ちょっとゴワゴワしていた。
ミラバケッソ。



中ほどにあるインカ帝国の水路機構には感動した。

こんな古い遺跡に、こんなにすごい水路があるなんて!

だってここは山の上。まさか、はるか下に流れている

ウルバンバ川から引いてきているというのか?


王女の宮殿、と呼ばれる建物のあたりで、

「レポート作成のために、動画を撮っているの。協力してもらえる?」と

白人女性からインタビューを受けた。


もちろん快諾し、僕は自然と溢れてくる感動と興奮を

カメラに向かって伝えたが、アヤシイアジア人のアヤシイ英語が、

果たして彼女のレポートにどれだけ役立つのか、

その効果ほどアヤシイものはない。


そして僕は、さらに先へ進んだ。


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2009年12月5日



ずっと行きたい場所、というのがある。


僕の場合はマチュピチュだった。
中学生のときに知ってからというもの、

マチュピチュに憧れる多くの人々と同様、その魅力の虜になった。


それからというもの、

雑誌で取り上げられれば買い、

テレビで特番が組まれれば噛り付き、

小遣いを握りしめて古本屋で専門書を買い、

友人たちと「もし行けるならば、どこに行きたいか?」

なんて話をする時には、決まって「マチュピチュ」と答えていた。

(ネットは今ほど普及してなかったので検索とかはしてません)



そして1回目のチャンスが訪れた。

大学に入り、

幼なじみである女友達がアメリカに行ったので、

彼女に会うために、数人でニューヨークに

旅行に行くことになったのだ。

ニューヨークまで行けば、その後は

乗り換え無しでマチュピチュのあるペルーまで行ける。


しかも、ニューヨーク在住のその幼なじみには、

ペルー人の友人がいるというではないか!
ホルヘという名のそのペルー人と繋がれば、

さらにペルーに、マチュピチュに近くなる。

そして、僕の夢に協力的なその幼なじみと一緒に、

僕たちは、”今回ペルーに行く理由と行かない理由”を紙にリストアップし、

より意思を強くした。



…だが、しかし。



肝心のペルー人、ホルヘの力を借りれなくなったこと、

そしてスペイン語も英語もほぼ話せないという現実に

僕自身が直前になってビビッてしまったことなどから、

悔やみながらも、その時は断念してしまった。
すでに『地球の歩き方』まで買ってしまった後だったのに。


しかし、これで全てを諦めたわけではない。

ただの撤退であり、行くこと自体を辞めたわけではない。

だから僕は、その買ってしまった『地球の歩き方』を捨てなかった。

本棚に置き、来る日のリベンジの糧にすることにした。


そして、今回、いよいよやってきた。

2回目のチャンス、リベンジの時だ。

世界一周のプラン作りの時に、

真っ先に目的地の1つに決めた場所へ、

今度こそ行くのだ。


ペルーの首都リマから、玄関口クスコ、

そしてマチュピチュのふもとの町アグアスカリエンテスまで

ついにやってきた。


あとはもう、行くだけだ!



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2009年12月4日



まずは写真を見てください。


ペルーの有名な世界遺産、

マチュピチュへの玄関口に当たる町、

クスコのカフェで提供されました。


どうですか、このホットケーキ。
美味しそうですね。

手前のバニラシェイクとも相性良さそうで、
平和な休日の午後、って感じですよね。


ところが。
実はこのホットケーキ、
可愛らしい見た目とは裏腹に、
珍妙なものが降りかかっていました。



その珍妙なものとは・・・


なんと、カレー粉!



なんでホットケーキにカレー粉が!
よく分からないけど、この店は白人観光客を
ターゲットにした店なのか、白人さんが
たくさん集っているので、もしかしたら
彼らのニーズに応えているだけなのかもしれない。

理屈なんか抜きにして、食べてみたら

もしかしたら美味しいのかもしれない。
試してみないと始まらぬ。

美味いのかもしれないのだから。



ぱくり。

もぐモグmog・・・

ほら、意外とカレー粉の味なんかしないじゃん。

やっぱり、自分の小さなものさしだけで

アレコレ意見を言うもんじゃ・・・


・・・おい!

なんだこれは!!

スイカに塩を振って食べたら意外と甘くなっておいしいとか、

そういうのかと思って食べたけど、なんか変だぞ!!



ちょっと落ち着いて考えてみよう。


まず、ホットケーキの生地は甘い。

ほんのりとだが。これは誰もが認めるだろう。


そして、かかってるハチミツ。

これも甘い。疑いようが無い。


で、バターは少ししょっぱい。

塩分が入ってたりするからね。

これがスイカに塩的な味わいを出してくれるんだよね。


で最後の、カレー粉。

君は何のためにいるわけ!?

スパイシーさ?

スパイシーさを演出するため?

ちょっとした刺激みたいな?


そんな話は聞いたことがないぞ・・・。

ホットケーキに刺激なんて・・・


まさか・・・

もしかして・・・

もしかして君は・・・



シナモンと間違えられたのか!?



確かに姿は似てるけど。

カレー粉とシナモンを間違えちゃうような、

おおらかさがラテンの国のいいところだけど。


謎だ。

分からない。

疑問を抱いたまま、僕は刺激的なホットケーキを

バニラシェイクで胃に流し込んだ。



ホッと(ひといき)ケーキのはずが、

hotな(辛い)ケーキになってしまいました。


世界は広い。

自分の常識なんか、通用しない。

日本の裏側で、それを学びました。


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2009年12月3日




この写真、よーく見てください。

ペルーのスーパーマーケットの冷蔵コーナーで

たまたま見かけました。


ラップにグルグル巻きにされて売られているのは、

そう、丸ごとの子豚です。


僕はこれを肉売り場で見かけた時、一瞬、

何が売られているのか分からなかった。


「豚の丸焼き」や、「鶏の開いたもの」などは

中国をはじめ結構いろんな国の街角や

市場で見かけることはあるけど、まさか、

スーパーマーケットで発見するとは。


僕がスーパーの肉売り場で思わずシャッターを

切ってしまったのは、そんな、思いがけない場所で

遭遇した子豚が、まるで、絵本に出てくるブタくんのように

安らかな顔で永遠の眠りについていたからです。


せっかくなので、余すところ無く調理してくれる家庭に

買われていって欲しいと思いました。



ここペルーに限らず、海外に来た時は

「市場(いちば)」や「スーパー」に来てみると、その国の観光地に行くのとは

また違った角度から”その国”が見れるような気がします。


無防備な、飾っていない、その国の大衆に寄り添った文化、

そうしたものが今回のようにポロッと目に飛び込んでくることが

あるからです。



この初めて見る野菜はなんだろう?


市場にカメが売っているのって、まさか・・・・?


なんでこんなにたくさんの種類の牛乳が売られているんだ・・・?



などなど、好奇心をそそられる不思議がいっぱいです。

入場料も取られない、時間制限もない。

市場やスーパー、おすすめです。


さて、明日はどんな面白いものが見れるのか・・・


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2ヶ国目、ペルーで最も美味しかった料理、それはスープでした。
スープの名前はチュペ・デ・カマロン。

ペルーはスペイン語なので、このスープをアルファベット表記するとchupe de camaron。
日本語に訳すと、川海老の煮込みスープ、という意味になります。

川海老をトマトベースのスープでクリーミーに煮込んだもので、中には卵のほか、なんとお米まで入ってます。
なのでちょっとしたリゾットのような感じで、満足感があります。

僕が食べた時は、500mlのビール缶くらいの高さがある「壺」に入って提供されたので、非常にスープの量が多い!

しかも、あまりにも大量の海老が壺の中に入っているので、殻をお皿の上に乗せていくと山のようになってしまうほどです。

カニと同様、海老をたらふく食べることってあんまり無い。幾つか食べてるうちに飽きてきそうなものですが、それでも殻を剥く手が止まらないんですから、なかなかに罪作りな海老君です。

その他にも、ペルーには美味しいスープがあります。特に気に入ったのは、sopa de ajo(ソパ・デ・アホ)。
アホはニンニクを意味するので、ニンニクのスープというわけです。

ニンニクをこれまたクリーミーにしたスープですが、超濃厚ながら深い味わいでスプーンの上下運動が止まらない(どれくらい濃厚かというと、あのラーメン屋「天下一品」のスープくらい)。

パンを浸して食べたりなんかして、あぁ、次の日誰かに会う予定が無ければ、日本でも食べに行きたくなるほどうまいスープでした。
日本のカレーが家や店によって味が変わるように、このソパ・デ・アホも店によって味が変わる、シンプルながら奥深い料理だと思います。

ペルーのスープ、恐るべし。