一歩、世界に近づくブログ -22ページ目

一歩、世界に近づくブログ

どんな国へも、まずは興味から!

言葉や食べ物やその他の文化など、
自分が直接触れた「面白い!」と思った
”外国に関わること”を、力を抜いて書いていきます。

1記事あたり、約2分で読めます!

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いま現在とは異なる箇所もありますが、ご興味のある方は読んで頂けると嬉しいです。


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2009年12月27日

リスボンから寝台列車に乗って
スペインのマドリードへ、
そこから更に移動して、
クエンカという世界遺産の街へ。

マドリードは大都市にも関わらず、
駅は5年前に来た時と同様、
緑がいっぱいで、都市と自然が
センス良く融合してるなぁと改めて感じた。

乗り換えの際、駅構内の池にいる
亀の親子に小さな女の子が興味津々で、
それを見て微笑む彼女のおばあちゃんが
印象的だった。

子供はどこの国も変わらない。
生き物を追いかけ、
そのとき感じたことを大声で叫ぶ。
使っている言葉は違えども、
きっと同じようなことを
言っているのだろう。

さてクエンカ、ここは
「魔法に掛けられた町」と呼ばれる。

崖の上にせり出すように建つ
「宙吊りの家」をはじめ、
丘の上に造られたこの
中世の都市全体が人々に
不思議な光景を見せるからだという。

まだあまり有名な町ではないが、
この誘い文句につられて
やって来てしまった。

到着は昼過ぎで、
まずは今夜の宿探し。

道沿いに建つ
こじんまりとした食堂が
宿もやっているようで、
そこのドアを開けてみると
先ほどまでパーティらしきものを
やっていた様子。

店内にはまだパーティの余韻が
残っており、部屋も今夜は無いという。
何軒か宿を当たり、寝ぐらを決めた。
さあ、あとは散策だ。

とにかく坂の多い町だが、
歩いているだけで楽しい。
すぐに迷ってしまう町の構造も
またドキドキ感があって素敵だ。

大きな橋のそばまで来ると、
トルコのカッパドキアの奇岩のような
きのこ型の岩がたくさん観える。

名所である「宙吊りの家」周辺は
観光客が多くいたが、その他の場所は
彼らの姿も見えなくなり、
まるで自分が住人のひとりのような
気がしてくる。

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↑夜の宙吊りの家。

気の向くままに歩き続け、
丘の斜面にそって作られた
眺めの良い小さな公園で
親子が遊んでいるのを見て、
この丘の上から素晴らしい景色を
見下ろしながら育つこの子は
少し羨ましいなと思った。
(僕はなぜか昔から丘の上の生活に憧れる)

さらに高台に登るころには
陽が暮れかけており、
向かい側に見える双子のような
2つの塔の後ろには、
形容しがたい色で空が染め上がっていた。

その空の色はあまりにも美しくて、
それも清純なそれではなくて、
妖艶な、蠱惑的な、
もっと言ってしまえば悪魔的な
美しささえ感じさせた。

これまでに見たこともないような
空の色だった。

この空の色こそが、
魔法なのではないか…
これこそが「魔法に掛けられた町」の
由縁なのではないか…
とすら感じてしまった。

結局、夜が訪れるまでそこにおり、
迷いながら宿に帰った。

もし今度、
「スペインのオススメの小さな町は?」と
聞かれたら、僕はこのクエンカの名を
挙げるだろう。

明日はバレンシアに向かいます。

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2009年12月26日


・・・腹が減った。


でも街の飲食店はまだクリスマス休暇で

あまり開いていない。

もうクリスマス当日は過ぎたというのに。


まだ街全体が聖なる夜の余韻に

浸っているということか。

日本とは、こういうところが違うね。



ところで、入れそうな食堂だけでなく、

今の僕には実は時間も無い。


なぜなら、今夜22時発の寝台列車に乗って、

ここポルトガルからスペインに向かうから。

本当はもうそろそろ、

駅に行っておきたい時間だ。


どうしよう。

腹が減っては、いくさが出来ぬ。

旅というのはこれまた、ひとつのいくさ。

時間との、外国語との、

不条理との、人種差別との、

そして、自分とのいくさだ。

負けてはいられない。


なにか、この際何でもいい、

口に入れるものは無いか。



・・・・あっ、

あるじゃん、あるじゃん。


これいいじゃん。

なんだよ~、知らなかったよ。

コレ、こっちにもあるんだ!?



天津甘栗。


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さすがに赤い看板にバーンと漢字で

「天津甘栗」とは書いてないけど、

これはまさに

あれと一緒だろう。


なになに、ハーフサイズで2ユーロ、

フルサイズで3ユーロか。

ええ~い、フルのほうおくれ!!


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ふむ、アツアツで、くりくりしていて、

実にうまい。


今のヨーロッパは非常に寒いので、

ポカポカしたものが口の中から広がって、

心まであたたかくなってきた。


日本の天津甘栗と違うのは、あそこまで

甘くないのと、あらかじめ全ての栗に

切れ目を入れてくれている点。

食べやすい。


故郷から遠く離れた地で

これに出会うとは、思ってもみなかった。

昔、韓国を旅行中に「おでん」や「たいやき」の屋台を見かけたことがあるけど、

似たような感情を覚えた。


天津甘栗の本場、中国から来た旅行者が

この栗を見たら、

どれほど感動するだろう。



そんなことを考えながら

パクパクと食べていたら、

お腹もいっぱいになって、

晩めしはほとんど、栗で済ますことができ・・・

アレ・・・カタカナで書くと・・・

クリ で スマス ことが、できました・・・。


まさか、ポルトガルに来て日本語のダジャレで

クリスマスになるとは思いもしなかった。

神さま、すてきなプレゼントをありがとう。


なにやらサムくなって来たので、

そろそろスペインに向かいます。


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2009年12月26日


ようやく雨も上がり、チケットをとるまでに
2時間半の時間ができたので、
「世界に2番目に大きい」と言われる水族館へ。
ちなみにヨーロッパでは最大らしい。

せっかく首都にいるんなら、他に観光するとこほかにあるでしょうよ、という
声も聞こえてきそうですが、いいんです。

なぜなら、水族館が好きだから。
しかもここポルトガルは大きく海に面した国土を持っている国、期待ができます。
いざ出発!

水族館には地下鉄で向かう。
リスボンの地下鉄は、車体から壁から、落書きがいっぱいしてある。
いや正確には、町中に落書きがしてあるのだが、地下鉄にまでその範囲が及んでいる。
日本ではちょっと考えにくい場所にされた落書きは、自分の想像より外にあることから、たびたび驚かされる。

街並みがキレイなだけに勿体無い、と感じる反面、たまに非常に上手な落書き(アートなのかも?)もあって、感心してしまうときもある。

ニューヨークやローマの地下鉄は落書きだけでなく、何か起こりそうな雰囲気が立ち込めていて危険な匂いがするが、リスボンはそこまでではなさそうだ。

到着した水族館は、海の中に浮かぶように建つユニークな外観。赤い潜水服を着た水族館のマスコットキャラクターが本当に海に浮かんでいて可愛らしい。

ここの水族館は、巨大な水槽が中心にババーンと据え付けられており、その周りを他の水槽が囲むような構造。

島国日本の水族館であってもこれまで見たことの無いような生物もいて楽しかったですが、
特に海月(くらげ)が青くて非常にきれいでした。
まるで小さな地球のようでした。
「海」の「月」と書く生物が「地球」みたいって、なんだか面白いですね。

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これはシードラゴンだかドラゴンフィッシュだかって名前の生物。
左が、後ろの水草にそっくりに擬態しているやつで、
右は、それこそ絵本に出てくるドラゴンのような色をしています。
何分観ていても飽きないほど、興味深い。

ちなみに、不思議な生態の持ち主である、
[深海生物]に関しては我が国の
江ノ島水族館の方が上でした。

国内で面白い水族館を知っている方がいたら
教えてください。
いつか行ってみたいと思います。

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2009年12月25日が大変だった理由

理由その1:


理由その2:
<1日中降り続く雨>

昨日から雨がずっと振っている。

土砂降り、

さもなくば普通の雨、

さもなくば小雨、を繰り返している。


さらに寒い。手袋や耳あては必須なほど。

リスボンはテージョ川という

巨大な川がそばに流れているからか、

風も結構強い。


う~む、ここまで雨が降っていると、
「クリスマスで街が機能してないんじゃ、

宿でゆっくり洗濯でもして干すか!」という

作戦も、
「観光地が閉まってるんなら、

街をじっくりテクテク散策だ!」という

作戦も難しい。
洗濯したところで、コインランドリーも相当遠くまで行かないと無いそうだ。


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理由その3:
<駅で切符が買えない>

こうも街がフリーズしてて、

雨も降っているんじゃ、やれることがない。
こうなったらもう、移動しかない!

ポルトガルからスペインに移動しちゃおう!


こう考えた僕は、寝台車のチケットを取るために、国際列車が発着するサンタ・アポローニャ駅に向かい、駅員に簡単な英語でその旨を伝えた。


・・・その、つもりだった。

しかし、その簡単な英語が、通じない!

そりゃ僕は英語がヘタクソですが、それでも

ここまで何とか旅してきた。


なのに、一国の首都である街の、

さらに国際列車が発着する駅の駅員さんに

英語が通じない!?

なぜなんだ?


なんとか分かったのは、
「夜8時にもう一度ここに来い」という事と、
「もし、“国際列車の時刻表”が見たければ

ロシオ駅に行け」という事だけだった。


なるほど、ロシオ駅も同様に大きな駅なので、

国際列車の時刻表があっても不思議じゃない。


教えられた通りにロシオ駅に行くと、

非常に態度が悪い駅員に
「時刻表?そんなの知るか。
見たいなら

サンタ・アポローニャ駅に行け」と言われた。

今、その駅から来たばかりだよ!

クリスマスに働くのが、そんなに嫌ですか…


ロシオ駅の駅員には腹が立ったが、
夜8時になったので

サンタ・アポローニャ駅に行ってみた。
“チケットの購入”か“時刻表の確認”、

せめてどちらかでも解決したい。


今度は駅員に英語が通じたが、

そのセリフに愕然とした。

「今ここのパソコンが壊れてて、

チケットの予約が出来ない。
明日の夜9時半にココに来なさい」

とのこと。

まじかよ・・・。

明日の夜9時半って、今から24時間以上も先じゃないか。


よし、じゃあ、もう一度ロシオ駅に行こう。
さすがに。そこのパソコンまでは

壊れてないだろうから。


そしてロシオ駅で言われた言葉。
「サンタ・アポローニャ駅か、

オリエンテ駅に行きなさい」

なにこれ、たらい回しですか・・・!?

たまたまですか・・・!?

オリエンテ駅って何?

初めて出てきたけど。

「いや、今、サンタ・アポローニャ駅から来たんですが・・・。」
「あぁそうなの。えっ、向こうのパソコンが壊れてる?ふぅん。とにかく、
このどっちかの駅でチケットは買えるよ」

もう今日はオリエンテ駅まで行く気力ありません。


教訓を得た。
“クリスマス当日”にヨーロッパを旅行すべきではない。


このリスボンが極端なのかもしれないが、本当に街が機能してなく、まるで陸の孤島のよう。

2004年に訪れたときのように、普段はとても魅力的で美しい街なだけに、そのギャップが強く感じられました。




ポルトガル、リスボン、12月25日。

今日は結構大変な1日だった。
その理由は3つある。


理由その1:
<街が機能していない>

2日前まで滞在していたイスラム教の国モロッコではクリスマスは祝わない。


なので、国全体が「クリスマス?何それ?」的な感じだった。


しかし、ヨーロッパの一員であるここポルトガルでは「クリスマス?もちろん、祝う気全開!」らしく、どこもかしこもが閉まっている。

(ヨーロッパのクリスマスは、日本のように街に繰り出して遊ぶというより、家族と過ごす人が非常に多い)


商店はもちろん、レストランや観光地も閉まっている。
そして、辛うじてやっている交通機関は、「何が楽しくてクリスマスに働かにゃならんのだ」のような雰囲気で、総じてやる気が無い。


この時期にヨーロッパに来たのは初めてだが、
ここまで何もやってないとは思わなかった・・。


マジで閑散。


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一国の首都でもある街なのに、このひと気の無さ。


主要な通りに立てられた、やたらと大きなビートルズの看板が、逆に寂しさを際立たせている。


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例えるなら日本の元旦なみに何もない。
しかし、日本のクリスマスはサービス業は商売の大チャンスだし、元旦でもコンビニをはじめとして、どこかしらは開いている。


なのに、こちらはスーパーすらやってないし、コンビニなど無いので
食料調達すら難しい。

今日の朝食は最悪の状況を予測してあらかじめ購入してあった牛乳とコーンフレークだった。


そして昼食はマクドナルド・・・。

旅先なのに。
この時は流石にこの大いなるアメリカのファーストフード店に感謝。

あの黄色いロゴマークが、天使の羽根に見えましたから。

店内はどこにも行くアテが無い観光客が時間を潰しにきていて、見かけ上、混んでいた。

ハッピーセットください…


つづく。

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2009年12月24日


今日のリスボンは、あいにくの雨だ。

せっかくの雨なので、雨(rain)に関する話をひとつ。



旅をするのは、なにも人間だけじゃない。


数週間前、ペルーのクスコという街の

「ペンション八幡」という安宿に宿泊したときのこと。


10分程度話した日本人の男の人から、

「もし良かったら、この本、いりませんか?僕はもう読んじゃったんで、差し上げます」

と頂いた本がある。


馳星周(はせ せいしゅう)という作家の、『マンゴー・レイン』という本だった。

(この作家は『不夜城』という新宿を舞台にした本でよく知られている)


このようなやりとりは、旅をしていると日常的に行われる。

読んでしまった本はもう用が無いうえ、持ち歩くと重く、荷物になる。

こういうとナンだが、軽快な旅のジャマになってしまうのだ。


しかし、そのままゴミ箱に捨てるくらいなら、読んでくれる人に

あげちゃったほうが気分がいいし、もらうほうも、いい暇潰しになるものだ。

というような、双方の利害が一致したところから生まれている行為だ。


この際、お互いにそういう本があれば

”物々交換”というシステムがとられるのだが、

このとき僕は彼にあげられる本が無かったので、

ありがたく頂戴だけすることにした。



ところでこの本、表紙をめくると、黒いペンで誰かのメモ書きがある。


2009.11.22  マサ  サンクリストバル・デ・ラスカサス

   

これは・・・

マサというのは、人の名前だろう。男の名前だ。

そして、そのあとに書いてあるのは、たしか、メキシコの街の名前だ。


この下に、下向きの矢印(↓)が引っ張ってあり、こう書き足してあった。


2009.12.8  シンタロウ  クスコ


つまり、さっき僕にこの本をくれた人がシンタロウという名前なのだろう。

そして彼は、おそらくメキシコで、約1ヵ月前に

この本をマサという人から受け取ったということだ。


言わば、本が旅をしている。

人の手を借りて。


そう言えば、シンタロウさんは、この本をさっき僕に渡すとき、こう付け加えた。

「もしこの先、ペルーを出て他の国に行くなら、そこでまた誰かに渡して下さい」


もちろん僕は、そうするつもりだ。

ペルーからドイツ、モロッコ、ポルトガルへと転々としてきて、

まだこの本『マンゴー・レイン』は僕の手にあるが、

渡すべき時が来たら渡す。


この本、なかなか面白いのだが、もっと面白いことには、

舞台がタイのバンコクのようだ。

バンコクといえば、いわずと知れた

僕らのようなバックパッカーの聖地。


僕がこの本をどこの国で誰に手渡すかはまだ分からないけれど、

旅人から旅人の手を渡り、いつかはこの本が、この本の舞台となった

バンコクにたどり着くと楽しいな、と思っている。

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2009年12月23日


カサブランカ最後の朝。


昨晩泊まった「オテルツーリズム」の受付のおじさんは、

これまでのモロッコのホテルの受付と比べると驚くほど気持ちがいい。

まず笑顔、対応がとてもいい!

チェックアウト後、荷物を預け、まずは朝食。


中央市場並び、モハメド5世通り沿いのsalon de thé (サロンドテ)にて

petit dejeuner (プチ デジュネ、朝食セット)を注文。


・・・このブログ、急にフランス語がちょこちょこ出て来てますが、

モロッコはフランス語圏でもあるので現地で本当にこう呼ぶんです。

あとこれからヨーロッパ入りなので徐々にヨーロッパ風に慣れていくという

意味合いも込めて・・・。


アラビア語が使われている国でフランス語も使われているって、

なかなかイメージしづらいかもしれませんが、

モロッコとはそういう国なんですね。

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さてこの朝食セット、1人前12ディルハムなので200円しないくらい。

アップルパイのようなパンに、本格コーヒー、生オレンジジュース。

このパン、相当うまい。コーヒーとの相性も◎!!



カサポール駅で空港までの列車のチケット(40ディルハム)を買っておき、

時間までハッサン2世モスクへ。


あまり時間が無いのだが、マラケシュで何度も会った日本人、ツトムさんに

オススメされた場所だ、ここだけは見ておきたいと思った。

現地までバスで行こうとしたが、ガイドブックがあてにならないので、

地元の人に聞きながら徒歩でたどり着いた。

このモスク、ミニツアーで中も観光できるみたいだが、

開始時間に間に合わなかったため外観だけをとくと眺めた。

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いつまで見ていても飽きないくらい、美しく、迫力もある建物だった。

風が強く吹いていたが、それでもモロッコ人も何人も観光に来ている場所だった。


13:30

カサポール駅から空港までの列車に乗る。

途中、あまりにも腹が減ったため社内販売でポテトチップスを買ったら、

なんとケチャップ味。まあまあうまい。

気が付いたら、隣の座席の親子も

このケチャップ味のポテトチップスを食べている。

夢中になって食べていたら、今度は向かいに座ったおばさんが社内販売を呼びとめた。

何を買ったかって?

もちろん、ケチャップ味のポテトチップス。

おばさん、絶対そそられたな。


16:05

モロッコを飛び立ち、ポルトガル航空にてリスボンへ。

この飛行機、なんだかかなり小さく、横1列にたったの3人掛け!

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ペルーで乗ったセスナは6人乗りだったが、あれはあくまで地上絵を旋回するセスナだ。

今回のこれは国をまたぐ飛行機なのに、ずいぶん小さいが、

まぁ、たまにはこんなのも楽しいか、と思っていたら。


揺れる揺れる。


ヒューン、ヒューン、という降下を何度も何度も繰り返すので、

さすがに不安になって窓の外を見てしまうほどだった。

遊園地にあるフリーフォール、ディズニーシーでいうタワーオブテラーですか、

あんな感覚を連続で味わったので、もうディズニーシーでは叫びません。


とにもかくにも無事リスボンに到着し、まずは空港のATMへ。

モロッコのATMでは何故かどこも僕の国際キャッシュカードは”はじかれた”。

何回チャレンジしても、なぜかカードを読み取ってくれなかったのだ。

これはもう、お金を持ってないに等しく、ここヨーロッパでも使えなかったら

やばい。

願うようにカードを差し込み、久しぶりにお金を下ろせたときは心底ほっとした。


リスボンの中心であるロシオ広場、ここに隣接しているロシオ駅はとても立派な建物だ。 

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ドイツから数週間、懐かしき西洋の建物を見ると、なんだか安心する。

ここの近くに宿を取り、これまた久々に設備の整った部屋!

フロントも感じが良く親切だ。ポルトガル語なまりの英語でゆっくりと話してくれたのが嬉しかった。


夕飯はポルトガルレストランへ。

たまには真っ当なものを食わせてくれ。

「Acorda Alentejana」(アソルダ アレンテジャーナ、にんにく味の卵入りオニオングラタンスープ)

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「Carne de Porco」(カルネ デ ポルコ、豚肉とじゃがいもを軽く揚げて貝と和えたもの)

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この料理最高。涙が出そうだ。


部屋に戻ってからは、モロッコの砂が付いた服を浴槽で洗った。

明日から、 ヨーロッパの長旅が始まる。


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2009年12月22日


今日、マラケシュからカサブランカに戻る。

そして明日はとうとう、このモロッコにさよならする日だ。




昼前に、郵便局に行って家族や友人に手紙を出した。

外国で郵便局に行くと、勝手が分からなくてマゴマゴするが、

この国の郵便局はそれに輪をかけて分からなかった。


とにかく人が長蛇の列をなしており、順番に進んでるんだか

てきとうなんだか、チビチビとしか窓口に進まない。

まあこの地での僕なぞ、あくまで客人、流れ者の流浪人だ。

こんな経験もなかなか出来るものでもない。

地元のルールにのっとり、郵送の手続きを済ませ、

局を出る頃には30分以上は経過していただろうか。



お腹が空いたのでメディナの王宮周辺の屋台で軽く食事。

さんまのハンバーグに、大量のたまねぎみじんが入った

さんまバーガーを食べた。

店の前で、網に乗せて焼いたばかりのやつだ。

これがなかなか、ジューシーでうまかった。





数日前、マラケシュに着いた日に知り合ったカップル、

ツトムさんとアケミさんに、またもバッタリ会った。

これで6回目の遭遇だ。


いくら同じ町に滞在しているからとは言え、この街は結構広い。

それで6回も会うなんて、なんだか笑ってしまう。


僕より年上の2人はまるで兄貴と姉貴のようだったので、

男前なツトムさんの横顔や優しいアケミさんの笑顔とも

いよいよお別れかと思うと淋しいが、旅なんてそんなもんだ。

またどこかで会いましょうと約束し、さよならした。



15時ジャスト、マラケシュからカサブランカに向かう列車に乗った。

冷や汗をかいたのは、この後だった。(この旅に出てから、何回目の冷や汗だろう?)

途中で列車がストップしてしまったのだ。

ピタリと止まって動かなくなって数分経っているので、

いったいどうしたものかと窓から外をうかがってみると、仰天した。


この列車が走る線路と平行して、車道があるのだが、

そこで事故った超巨大なタンクローリーみたいな車が、

車道を乗り越え、線路に突っ込んで来ていたのだ。

それも、この列車の車体まで、あと15センチくらいのところまで・・・

15センチですよ?片手広げたくらいの距離のところまで来てたわけです。


あともう少しタンクローリーが奥に突っ込んできてたら・・・

あともう少し列車が早くここを通っていたら・・・

今の自分は、いなかったかもしれない。

事故現場の周辺に不安そうに集まっていたモロッコ人たちの表情は、

この先も忘れることが無いように思う。



カサブランカにようやく着いた。

今回は「ツーリストホテル」という安宿だ。


チェックインする際に、宿帳の職業欄に「フリーライター」と書いてみたら、

「ほう、ライターか。日本人のライターだと、・・・こんな本を書いてるのか?」

と、一冊の本をフロント机から出してきた。


「これは日本の本らしいんだが、俺は日本語が読めないから、お前にやろう」

と、その本をプレゼントしてくれた。


タイトルを見てみると・・・

『ワルの知恵本』と書いてあった。


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2009年12月21日


砂漠での一夜が明け、マラケシュに戻ってきた。

明日カサブランカに戻り、明後日には次なる国、

ポルトガルへ入る予定。


今日はマラケシュを改めて探検する日だ。
モロッコには”スーク”という独特の市場のような場所があり、

ここマラケシュのスークは世界最大だという。


ざっくばらんな市場というか、混沌としたアーケード街というか、

先日のジャマ・エル・フナ広場が「大道芸なら何でもござれ」なら、

こちらは「日用品なら何でもござれ」な空間がかなり広がっている。

服、スパイス、野菜、肉、アクセサリー、お土産、靴、タジン鍋、

皮製品、バッグ、布、陶器、照明、カーペットなど、

いろんなものが所狭しと並ぶ。





カラフルに商品を揃えるのが好きなのか、どの店も派手だ。

見ているだけで元気が出そうな気さえする。


スークのメインストリートから、

枝分かれした小道があちこちに伸び、

気の向くままに歩いていくと、


…ほら、確実に迷います。


でも安心して。

迷ったら、次の店を右に曲がって、

そしてまた次の店を右に曲がれば、

・・・ホラ、すぐ元の道に、

・・・戻ってこれない。

全然知らない小道に来てしまう。


とにかく迷宮のようだ。

自分がどこにいるのか分からなくなるという不安感。

今は昼間で、人も多いので怖さのようなものは無いが、

これが夜のあまり人通りが少ない時間帯に

迷い込んでしまったらと思うと、恐怖かもしれない。


面白い店がたくさんあるし、

面白い表情をしたオジサンたちもたくさんいるので

正直な話、写真を撮りまくりたいが、

光が微妙に足りないのと、カメラを構えると彼らが

異常に反応して「買え」だの「ヤメロ」だのと言ってくるので、

なかなかままならない。


歩きまわり疲れても、すべてがどこかの店の前のような

状況なので、ちょっと休むようなスペースすらない。

息つく間もないとは、まさにこのことだ。



しかし妙なもので、少し休むと、またあの喧騒の中に

身を浸したくなる。ここには、そんな不思議な魅力がある。



・・・とんがり帽子のように高く三角形に盛ったスパイスは、

この旅行者の身では必要ないが、どんな味がするのだろうか?


・・・お茶を飲みながら何時間も話していそうな店のあるじ達は、

いったい何の話をしているのだろうか?


・・・この金属の茶器セットを並べたお店は、1日の売上は

いったいいくらなのだろうか?ゼロなんではないか?


・・・このラビリンスのような入り組んだ空間にも、

果たして住所などというのは存在するのだろうか?


そして、


・・・僕はいったいどうやったら元の道に戻れるのだろうか??



何の責任も持たなくていい、

どこの誰でもない、「ただの1人の日本人」になりたい時が来たら、

思いっきり迷えるココ、おすすめです。


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~特別編~


今日は、世界一周の日記を一旦中断して、

旅に出る前の準備の段階で作った、

「世界一周ノート」に書きつけてあった

用途不明のトリビア的なものをご紹介します。


情報の出どころは今となってはもう不明です・・・。

あまり深く考えないで下さい。


(また明日から旅の日記に戻る予定です)




・日本では「水と安全はタダ」である

・長距離を歩く際、重さ1kgのシューズは背中の5kgの荷物に相当する

・「コレラ」はワクチンの効果が薄い

・保険はAIUか東京海上日動が良い

・自由の国アメリカでは、たった50年前まで「禁酒令」が敷かれていた

・タイとケニアでは、国家が流れる間は起立しなければならない

・アフリカのフルベ族は、食事をする姿が死ぬほど恥ずかしいこととされている

・考えてみれば、ラーメンに酢や砂糖をバンバン入れるタイという国は面白い

・マダガスカルでは、葬式は歌って踊る

・機内食がどこでも西洋風なのは、現地の料理を受け付けない白人が多いため




ちなみに今日の写真は、マチュピチュに向かう際に乗った

列車内のものです。職員、めちゃ頑張ってます。
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