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一歩、世界に近づくブログ

どんな国へも、まずは興味から!

言葉や食べ物やその他の文化など、
自分が直接触れた「面白い!」と思った
”外国に関わること”を、力を抜いて書いていきます。

1記事あたり、約2分で読めます!

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2010年1月17日


昨夜はこのサントリーニ島に着いて

宿を決め、晩飯にしてる途中からどしゃ降りになった。


食事を終えて小さなレストランを出ると

道という道に小川になった雨が低い方低い方へと

その勢いを増しながら流れていっていた。


まったく、とんだ歓迎だ。

「初めて」訪れた土地勘の無い

「島」の「夜」に「どしゃ降り」に振られるなんざ、

あまりにもツイていて笑えてくる。


それにしても、強がりは無しで食事は本当に美味しかった。

「ムサカ」というギリシャ料理を食べた。

ナスやジャガイモ、チーズ、挽き肉などを使った

グラタンみたいな料理なのだが濃厚なのに

ぺろりといけちゃう味だった。



宿のガスが壊れているのか、ホットシャワーが出なくて

閉口したが、今回の旅ではモロッコでこれは経験済み。

いちいち文句を言っても仕方がない。

テーブルの上にあった電気ポットでお湯を沸かして

それを使いながら身体を洗った。


今朝は雨もあがり、道には少々水たまりがある程度で

散歩は充分できそうだ。


この開放的なリゾート感たっぷりの島は、

夏にはそれこそ世界中から観光客が集って

かなりの賑わいを見せそうなのだが、いかんせん

いまは1月、完全なオフシーズンということもあり、

想像以上に人がいない。


地元の住民は何人いるのか分からないが、ひたすら歩きまわっていても

滅多に人に出会わない。ましてや観光客など目を皿のようにして

探さないと見つからないほどだ。





レストランも、土産物屋も、カフェも、そのほとんどが閉まっていて、

今は島全体に生活感がなく、まるで海の真ん中に青と白のブロックで作られた

巨大なおもちゃの街にポーンと放り込まれて、

そこを歩きまわっているような感覚になる。


人寂しいが、じゃあツマラナイのかというと、それが全然違うのです。


その理由は2つ。

1つは、街のつくりが非常に興味深いということ。

そして2つめは、この僕のあとを、ずっと付いてきている存在がいるということだ・・・。


続く。


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2010年1月16日

朝7:25発のブルースターフェリーに乗って、
一路サントリーニ島へ。

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途中、パロス島やナクソス島に寄る度に、
乗客が乗ったり降りたりする。

船内は思った以上に豪華である。
東京都の伊豆七島に向かう時に乗る
東海汽船よりも設備は
しっかりしているかもしれない。

テレビ、映画、フリーペーパーなどの
娯楽施設のほか、カフェ、ファーストフードなどの店もあり、なかなかに寛がせてくれる。

カフェでコーヒーを購入した際、
店のおじさんとその友人らしき男性が
会話しており、僕にも話しかけてきた。

「どっから来たんだ?」
「日本だよ」
「日本か!あのな、コイツの奥さんは日本人なんだぞ。長崎出身、ミツコさん」
「ホント⁈」
「いや、信じるな。コイツはウソつきなんだ」
「なんだよー。ところで、ギリシャ語でありがとうってどう発音するの?」
Συχαριστο(エフハリスト)
‎!
Συχαριστο
‎?
「そうそう、それでいい。俺たちも日本語知ってるぞ。マツダ、スズキ…」
「(笑)じゃあまた!
Συχαριστο
‎!」

こんな感じで、いろんな人と話したり、あのペルーで会った旅人から受け継いだ小説を読んだり、電子辞書で勉強したり、こんなこともあろうかと日本から持ってきたニンテンドーDSなどをやっているうちに、近づいてきた。

サントリーニ島だ。

(つづく)

2010年1月15日


朝、起きてからグリークコーヒーを飲み、

アクロポリスの丘へ。


ここは、あの有名なパルテノン神殿がある場所だ。


街の中にどどーんと神殿がある・・・

そう、「神殿」と聞いて誰もが頭にイメージするような

あの神殿があるのがこの街。


ここが、古(いにしえ)の歴史の舞台となったことを

改めて感じさせる。


丘の上まで行くと、もう永い永い年月を経た

有名な神殿は目と鼻の先だ。


いろんな国から来たと思われる観光客が思い思いに

写真を撮っている。

古い建物だけあってあちこち修繕している最中ではあったが、

漂うオーラは並大抵のものではなかった。


2000年以上の風雪に耐えたというだけでこの建物は

偉大であり、街の守護神アテナを祀ったことから

現代までその名は受け継がれ、街の名前になっている。


少し歩きまわっているとディオニソス劇場へ出た。

ここもその当時のまま残されている。


古代の劇場とはいえ、その規模は驚嘆に値するほど大きく、

ここに何人のギリシャ人が腰かけながら舞台で演じられた

喜劇や悲劇を楽しんだか想像するだけで、時空を超えて

彼らに敬意を表さずにはいられない。

今はもう何も演じられない舞台と観客席をじっくりと

眺めたあと、僕はその場をあとにした。




↑ 丘から見下ろした別の神殿跡




↑ パルテノン神殿。



それから徒歩やメトロを駆使して、なんとかピレウス港へ

たどり着いた。

この港へ来たのは、ここから出る船に乗って、

ある島へ行きたいからだ。


その島とは、もはやギリシャいちの観光地と言っても

過言ではないくらい人気となったサントリーニ島。

ギリシャに来たからにはここは行っておきたい。


チケットの手配をし(67.5€)、明日の朝早く船に乗り込めるように

港そばの安宿にチェックインした。

非常に狭いが、部屋にシャワーが付いているだけ御の字だ。


すぐそばの屋台でギロ(ケバブ)を買って食べたら、ヤギのチーズが

入っていた。それとトマトやオリーブなど野菜も盛りだくさんだ。

いまいち日本ではあまり知られていないギリシャのケバブ、

ハッキリ言ってめちゃくちゃおいしいです。

東京では高田馬場に専門店があったが、今もあるんだろうか。


ギリシャの食べ物はうまいものが多いので、また日を改めて

紹介したいと思います。


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2010年1月14日


さて、今でこそ先進国でも大国でもなく、

世界を動かすほどの力がどれだけあるのか

クエスチョンマークの国であるギリシャ。


しかし同時に、

現代まで続くこの世の中の礎を作り上げたと言っても

過言でないくらい、多くの発見がなされたり

偉大な文化が多数生まれた国でもある。





せっかく何かの縁で今回この歴史ある国に

来ているわけだから、実際に遺跡などを観て周る前に

ちょいと勉強をしておこう。

こういう時のために、少々重いが電子辞書を持ってきているのだ。


ちょっとした時間にちょっとした場所で、ちょっとした事を調べるのに

この電子辞書はとても便利だと思う。


日本ほど治安が良くて安全な国はなかなか無いから、

小さくてもパソコンを街中でカチャカチャやってると

「あいつはたぶん日本人だ」と目星をつけられていたら

お金があっても無くても狙われる可能性がある。


でも起動が早く手のひらサイズの電子辞書なら

そこまで目立たないので使いやすい。

最近は広辞苑とかだけでなく、

英和や仏和などの語学系辞書も入っているので、おすすめです。


話が逸れた。


以下、ギリシャにまつわる、ちょっと調べたこと。


・ギリシャ文字は、ラテン文字やロシア文字に影響を与えた。

 →ローマの時代はラテン語だったので、それ以前のギリシャ文字が

  もし無かったら(または発展する余地が無ければ)、ラテン文字は生まれず、

  文化の発展も遅れ、したがってあの強大なローマ帝国も生まれなかったかもしれない。


・現代のギリシャはカトリックやプロテスタントなどとは異なる、「ギリシャ正教」という

 キリスト教を信仰している。古代のギリシャではキリスト教が誕生する前の神々、

 例えば勝利の女神ニケなどを信じていた。このニケ(NIKE)からあのナイキが

 名付けられたのは有名な話。


・今から2400年前のペロポネソス戦争は、アテネという都市国家とスパルタという都市国家を

 それぞれ中心としたギリシャ全土を巻き込んだ当時では大きな争い。

 勝ったのはスパルタで、その後の覇権は スパルタが握った。

 スパルタ教育という言葉は現代も残っている。


・現代は首都のアテネだが、これまで、マケドニア、ローマ帝国、

 ビザンツ帝国、オスマン・トルコ、フランク公国などに占領された過去がある。


・たとえ戦争中であっても、古代ギリシャのオリンピック(この時も4年に1度)の

 開催時は休戦となった。そして選手はみな裸だった。



調べれば調べるほどキリが無くなってくるのでここらへんで。

電子辞書は単語から単語へのジャンプ機能があっていつまでも

調べていられるから時間を忘れてしまう。


まぁとにかく、ちょっとは分かった気がする。

これで観光も更に楽しめるだろう。

次回ブログはいよいよ現地へ。


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2010年1月14日


AM10:35ウィーン発、オーストリア航空 アテネ行き。

3時間のフライトののち、初めてギリシャに降り立った。


エレフテリオス・ヴェニゼロス空港から地下鉄でシンタグマ駅まで行き、

シンタグマ広場へ出た。

この広場は昔読んだ旅行紀に出てきたのを覚えている。


とにかく、観光客を狙ったスリや暴漢などがよく出る場所で、

デモなんかもよく行われる場所でもあるので、

ボケッとしてると何かに巻き込まれる可能性がある・・・

というようなことが書いてあった。


だったらお前はそんな物騒な場所に行かなけりゃいいじゃないか、

と言われればそうなのだが、とはいえ、ココはアテネという街の中心でもあり、

街歩きの拠点となる場所なのだから仕方がない。


ヨーロッパでありながら、ヨーロッパでないような。


初めて訪れたアテネのイメージは、そんな感じだ。

アラブやアジアの都市となんとなく同じような雰囲気を感じる。

そう、うまく言えないが、同種のにおいを感じるのだ。

そして、実際にそういう匂いも物理的に漂っている。


なんとなく、ゴミゴミしている。

ここ最近訪れてきたヨーロッパ各都市よりも、

どちらかと言えば、モロッコの街のほうに近い感じがする。

白人がいっぱいいるモロッコって感じ。




↑ギリシャのビールラベル。これで「アルファ」と読みます。



今日の宿、ユースホステルへ到着。

フロントで会ったラテン系の女性と少し話した。


「私は、アレカンティーナ出身なの」

「アレカンティーナ?それ国の名前?」

「そう。あなたブラジル知ってる?そこの下の方にある、

メッシってサッカー選手が出た・・・」

「あぁ、アルゼンチン!アルゼンチン出身ってことか!」

「?」


スペイン語ではアルゼンチンのことをアレカンティーナというらしい。

なるほど、勉強になります。


そう、勉強になるんだけど、スペイン語よりも

実は今、ここギリシャの文字の方が重要なのだ。

なんたって、見たことのない文字がたくさんだ。

駅などは英語表記もしてくれているが、ほかはせいぜい補助程度。


例えば、ありがとう、って言葉は「エフハリストー」って言うのだが、

それを文字にすると「Συχαριστο」ってなるんです。

こりゃ、慣れないと大変だぞ・・・。


長い歴史のある国だから、明日からの観光の前に、

この難解な文字と合わせてギリシャの歴史も

今から少し勉強しておこうと思います。


(つづく)


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2010年1月13日


オーストリア最終日。

明日からギリシャのアテネに飛びます。


朝ご飯代わりにビーフのスープを飲み、

地下鉄に乗ってシェーンブルン宮殿へ。


あのベルサイユ宮殿をイメージして造られ、

女帝マリア・テレジアやその娘、

「パンが無ければケーキを食べればいいじゃない」で有名な

マリー・アントワネットも住んでいた場所。


そして、あの天才モーツァルトが6歳の時に皆の前で演奏したのも

この宮殿で、そのとき、同年代だった幼きマリー・アントワネットに

プロポーズしたという逸話も残っているという、

世界史好きならずとも、世界中の人に知られている場所である。


中には1400以上の部屋数がある大きな宮殿で、絢爛豪華。

僕は珍しく日本語の解説テープを借りて

それを聴きながら回ったのだが、本当にこんなキラキラした

場所に生身の人間が暮らしていたのか、と思えるほどに

生活感が無かった。


彼らが住んでいた頃から、ずいぶん年月が経っているので

あちこち手を加えられているだろうけど、

まるで映画のセットの中にいるようなのだ!


シシィの愛称で知られるオーストリア皇后だったエリーザベトや

あのナポレオンの息子にゆかりのある部屋などもあったが、

いかんせんややっこしいこの時代の人間関係、

もっと勉強しておけばより楽しめただろうに、と感じた。


宮殿前の広大な庭は広々としていて、そこを歩きながら

数々の歴史を見守ってきた黄色い宮殿を

振り返ると、なんだか濃厚な空間に

しばしお邪魔させてもらったなぁと感じた。



次に向かったのはレオポルド美術館。

ムンク、エゴン・シーレ、ルドン、そしてクリムトなどの絵画が

収められているところだ。



いただいたチラシ右上の日程を見ると、

ムンクは特別展なのか、

間もなく終了するようだ。



エゴン・シーレの『自画像』は、美術の教科書など

あちこちで目にする作品だ。独特な描き方に、

ほおずきだろうか、後ろの朱色が効いている。


クリムトの作品は『死と生』があるらしいが、

今回は観ることができなかった。

非常に残念だが、またいつか観ることもあるだろう。



ウィーンは「ザッハトルテ」というスイーツの本場でもある。

その本家本元、『カフェ ザッハー』でコーヒーと

名物を注文。


ホテルのような内装の店内の中で、

どうも自分が浮いているようで、写真奥の男性のように

くつろぐことができないが、ケーキは甘く、美味しかった。



明日からギリシャ。

ヨーロッパに入ってからは、ペルーやモロッコの時のように

大きな問題は特に起きていないが、経済問題もあって

アテネは治安が悪いと聞く。


しかし同時に、どんな国なのか興味のある場所だ。

今から楽しみ。


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2010年1月13日


昨日、ウィーンの街を歩いていると、

急に声を掛けられた。

ちょうど、シュテファン寺院のそば、

観光客が集まるエリアだ。


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「ハロー。アーユージャパニーズ?」


こういう、向こうから声を掛けてくる 

手合いに応じても、ろくなことがない。


物売りとかタクシーの呼び込みとかで、

収穫は無いことの方が多い。

こういう地域では、

純粋に友情や好奇心で寄ってくることは稀だ。


ややもすればナメられがちな日本人。

時には、無視をすることも大事だ。

よし、無視しよう。


すると今度、その彼はこう口にした。

「…ニホンジン??」


・・・おっ、急に日本語になった。

少し驚いたが、これも良くある手だ。


ここで振り向いてはいけない。

日本人を言い当てたことに自信を覚え、

彼を勢いづかせてしまう。


ムシムシ。

歩こう。

スタスタ。 


まだついてくる。

なかなかしつこい。

すると今度は、彼はこう口走った。


「今晩、コンサートに行きませんか?」


・・・!!
なっ、なにっ、急に立派な日本語に!
しかも日本にいても滅多に使わないセリフ!

(事実、僕はこんなセリフ使ったことが無い)


しかも急に声のトーンを落とし、

紳士的な雰囲気すら漂っている!


こやつ出来る。


だがここで振り返ってはいけないのだ。

振り返ると畳み込まれる。

笑ってもダメだ。


僕は笑いを噛み殺し、歩く速度をあげ、

その場を立ち去った。


しかしあっぱれじゃ。

その仕事ぶりには頭が下がります。

コンサートは、またの機会のお楽しみだ。

昨夜泊まったこの宿、
「ドクター ガイスラー」という名前なのだが、

なぜ、宿なのに”ドクター”という名が付けられているのか気になり、
これは夜もゆっくり眠れないのでは・・・と心配だったが
意外と寝れた。

朝食後、荷物整理をしてから、
郵便局へ行き日本に小包を送る手続きをした。




宿のスグそばに大きな郵便局があると便利。
日本への配送は航空便と船便があるが、
安い船便に決定。

梱包は自分でしなければならないため、
こういうときの為にと

日本から持ってきておいたガムテープが
とうとう役に立った。



その後、屋根のデザインが有名な
シュテファン寺院へ。
しかし改装工事中らしく、外観は少し
残念な感じに・・・。 

寺院外観の原寸大写真を焼き付けたシートを

外観にかぶせてあるのだ。


しかし、内部は見所が多くてさすがだった。





さらに、ここの地下はカタコンベという地下墳墓があり、

過去の僧のミイラ(!)や内臓(‼︎)、
またペストで亡くなった大勢の市民の骨がおいてある。


そんな場所、なんだかオソロシイような気もするが、

ヨーロッパではこういう場所は

さして珍しくなく、ポーランドにもあるし、

僕はパリのに行った事もある。


まぁとにかく、これらを見るミニツアーが丁度始まったので
参加してみた。


解説は係員がドイツ語と英語でしてくれるのだが、

ドイツ語はいいとしても英語でも何を言っているのかが

3割くらいしか分からなかった。

場所が場所だけに、日常生活で使わない単語も多かったとはいえ、

自分のヒアリング能力の低さに改めて落ち込んだ・・・。



安い食堂に入って小腹を満たした後、

散歩を再開したが、なんだかこの街、

正直言って、
今の自分ではあまり楽しめそうにない。

旅をしていてこんな気分になるのは

僕にとって非常に珍しいのだが、

おそらく「都会すぎているから」だと思う。

今回の旅の主な目的は「食」と「古都」
そして「憧れの地を訪ねる」で、
それにも合致しているのに。



シュテファン寺院から王宮までの道なんて、
一流ブランドの店が軒を連ねており、
はっきり言って僕みたいな人間は
”呼ばれていない”感じ。

同じ一流の店がひしめくのなら、
僕は今、銀座の方がよっぽど好きです。



ただ、モーツァルトとか甘いお菓子とか、
華やかな宮廷文化とか、オシャレな街で
思いっきりお買い物を楽しみたいッ!って
人には、うってつけだと思います。

そして、カフェはやはり素晴らしい。
どこもとても雰囲気が良いです。


ブラブラとしたいなら、

この先、ある程度のお金が貯まったら
また来ればいいかな。

明日はシェーンブルン宮殿とレオポルド美術館に行く予定です。


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2010年1月11日


早朝、プラハから飛行機でウィーンへ。
宿の近くからエアポートバスが

片道120チェココルネ(チェコの通貨)

出ていたのでそれに乗った。


朝食は、昨晩買っておいた

1個5円くらいのパンとジャムをバス内で食べた。


飛行機に乗るのはポルトガルに入る時

以来だから、約2週間ぶりだ。

この2週間は列車尽くしだった。


5年前フランスにボランティアに来た時と同様、今回も「ユーレイルパス」には

大変お世話になった。

もしあなたが“テツ”じゃなくても、

ヨーロッパに行く機会があったらこのパスを

試してみて欲しい。本当に便利で楽しい。


大雪で町全体がまるでスキー場のようだった

チェコのプラハとはうって変わり、
オーストリア、ウィーンはほとんど雪が無い。

こりゃ歩きやすそうだ。





あまりにも空腹で、

空港のマクドナルドで昼食を摂ったのだが、
ここで頼んでみた「ビッグロースター」という

ハンバーガーの新商品が鬼のようだった。




ハンバーグの上にチーズ、その上に

朝マックでお馴染みのハッシュドポテトが乗り、

その上にカリカリのベーコンが。

そこにマヨネーズをこれでもかと絞ってあり、
一番上のバンズ(マック用語ではこの場所を

“クラウン”と呼びます)の上にも再び
チーズとまたベーコンが。


もし僕がカロリー計算して

食事をしている人なら

泣いて逃げ出しますね。

まさにコッテリハンバーガー。

ハンバーガー界のラーメン二郎はコイツです。


空港からウィーン・ミッテ駅までは

列車に乗るのだが、この列車が
赤やオレンジの配色で何だか可愛らしい。




しかも機内誌のように車内誌まで

備え付けてあり、この国オーストリアへの

期待は高まる。



駅から宿に歩く間、巨大な落書きを発見して

楽しくなった。



橋の上の人影と絵を比べてみて下さい。

絵がデカイ‼︎

うーむ、このスケール。

さらにオーストリアへの期待が高まる。


宿に着いたら、フロントでナメられたのか

妙に高い部屋賃を提示された。

そこで、「このガイドブックを見て来たんだが、

ここに記載されている情報では、

もっと安いはずである」という旨を伝えたら、

急に値が下がった。

ムムッ。


しかし、部屋はこれまでの旅で

最も設備が整った部屋で文句無し。

しかも、久々に浴槽(!)に浸かれて

いい気分だ。
(他の部屋の客と共同の浴槽なのだが、

他の部屋は中に風呂が付いているため
事実上の貸し切り)

やはり日本人には風呂だ。この気持ち良さは

なかなか旅先では味わえない。


宿が高かったので費用のバランスを取り、

夕食はスーパーで出来合いのものを購入。



しかし、購入したばかりのパスタが、

何故か腐っていた。

ガーン。

明日ちゃんと観光できるんだろうか・・・


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2010年6月10日

プラハ城を観てから向かった
聖ヴィート大聖堂は「すごい」の一言だった。

ヨーロッパの教会や聖堂は、
ある程度名の知れたところは
競うようにその内部を豪華というか
凝って創り上げているが、この大聖堂は
ステンドグラスがとにかく美しかった。

今回の旅、ステンドグラス部門の
個人的第1位はここに決めてしまって
よいと思う。

ステンドグラスなんて、
キレイはキレイだろうけど
別にどこもそんなに変わんないでしょ…
そう思われるのももっともだけど、
ここのはあの、ミュシャのステンドグラスが
嵌められているのです。

チェコが誇る、今なお世界中にファンがいる
画家、アルフォンス・ミュシャ。
彩りに満ちていながらも煩く感じられない、
いやそれどころか、観る者に安らぎさえ
与えてくれるような画風は、
特に女性に支持者が多そうだ。

神秘的で、ふんわりした雰囲気は
タロットカードなどにしたら
バッチリとハマるんじゃないだろうか。

神話の世界をモチーフにした、
髪の長い乙女が描かれた作品が多そうだが、
その世界観が見事にステンドグラスで
発揮されている。

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素晴らしいものを目にしたなぁと
その場をあとにし、帰途についた。

チェコはまた、あの世界的作家、
フランツ・カフカで有名な国でもある。

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主人公の男が、ある朝、目覚めたら
いきなり巨大な虫になっていたという
ものすごい設定の『変身』を
読んだことのある方も多いかもしれない。

彼にまつわる場所などもあるようだが、
今回は時間に限りがある。
後ろ髪を引かれる思いで去ることになる
この国、いずれまた来るのを楽しみにしたい。

さて、お次は先日通り過ぎたオーストリア。
ザッハトルテ食べたい。